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PLACE|定年後の新しい働き方を示す「鈴の木ファーム」の挑戦

ひと足お先に移住した先輩が、「誰かが移住してきたらまず連れて行きたい!」と思う、とっておきの場所をご紹介。今回は、縫製工場の経営の後、新規就農した鈴木さんが営む「鈴の木ファーム」。

双葉郡浪江町にある「鈴の木ファーム」。ここではトルコギキョウ・ストックを中心とした花(観賞用植物)が栽培されている。もともと婦人服の縫製工場を経営していた代表の鈴木さんは2018年に認定新規就農者の指定を受け、花農家としてのスタートを切った。

鈴木さんがつくった花は、福島県内はもちろん、東京の大田市場を介して全国に届けられている。新規就農でありながら、高い水準の花づくりを実現し、初年度から市場で高い評価を獲得。その秘密はスマート農業による安定した栽培方法にある。

鈴の木ファームでは「みどりクラウド」というシステムを活用し、ビニールハウス内の環境を管理しているという。気温、湿度はスマートフォンを通じたアプリ画面で制御することができ、農業に必要なデータを取得することが可能なため、安定的な生産体制をつくり上げる大きな助けとなっている。

「どれぐらい水をやればいいのか、適切な気温や湿度はどれぐらいか。経験値が必要とされてきた部分が数値化されているので、私のように農家を始めたばかりの人間でも正確な判断ができるんです」

加えて助けとなったのは浪江町の手厚い支援制度。新規就農農家は開業にあたって設備投資のための補助金を申請することができる。鈴木さんはこの制度を利用し、ビニールハウス2棟を設置。リスクが少ない形で事業をスタートすることができた。役場では土壌分析のサポートも行っており、栽培する作物に合わせて適切な土の耕運方法を指導している。これらのサポートを受けながら、自発的に近隣の農家仲間たちと勉強会も行うなど、地域全体でいい花づくりに取り組んでいるという。

アパレルの縫製工場を経営していた鈴木さんは、震災をきっかけに工場を畳むことを余儀なくされ、翌2012年からは海外で工場管理の仕事をしてきた。ベトナム、中国、ミャンマー、インドネシアなど、アジア各国の工場で指導を行っていたそうだ。しかし、65歳を迎えた後は、浪江町に住む家族と一緒に過ごせる働き方を考え、農家へ転身することを決めた。

「じっとしてたら体も頭もボケるのでね、体を動かす仕事をしたかったんです。設備が進歩しているおかげで昔の農家ほど重労働では無いですし、女房と一緒に働ける。この仕事なら10年、15年先もやっていけるなと希望が湧いたんですよ」

仕事として取り組む以上は、いい花をつくりたい。違う畑ではあったものの、アパレルも花農家も、ものづくりという点では共通している。鈴木さんに、ものづくりを行う上で一番大事なものはなにかと伺うと「品質」という言葉が返ってきた。

「品質は一番大事。でも、ものづくりの面白いところは、良いものをつくったからといって良い値段で買ってもらえるわけではないということ。これは会社を経営して学んだことですね。いい品質を保った上で、しっかりした量をつくる。そうして初めて評価を頂ける。その繰り返しです」

現在、鈴木さんの栽培するストックは、1つの茎に3つの花が咲くように作付けがされている。三花三蕾という基本的な栽培方法だが、これを実現するのは簡単ではない。2つの花が咲いても残りの1つが咲かなければ、値が下がり、買い手がつかない。安定して、花を同時期に咲かせる技術が求められるのだ。まだ始めたばかりの鈴木さんは、すっかりその奥深さに魅了されている。

「ここで育てた花全てが出荷できる状態になることはありませんが、良い生産工程をつくればその割合を高めていくことができます。無駄を出さない。それが大事なことです。定年を迎えて、お金のために働く必要は無い。でも、やるからには、質の高い綺麗な花を日本中に届けていきたい。それが浪江町のためにもなると思っています」

2020年には鈴の木ファームのビニールハウスは7棟に拡大する。新規就農農家も新たに増えることが決まり、浪江町の農家はより活発になっていく見通しだ。復興とともに盛り上がる浪江町の花づくりと、鈴木さんのつくるストックにぜひ注目してほしい。

(2019/12/11取材)

  • 取材・執筆:高橋直貴
    撮影:小林茂太
  • 鈴の木ファーム
    〒979-1505
    福島県双葉郡浪江町大字苅宿字宮下195-1