INTERVIEW

インタビュー

思い切って環境を変えること、直感を信じて行動に移すこと

水谷祐子さん

出身地:東京都
勤務先:Next Commons Lab南相馬
勤務期間:2019年2月〜
年齢:42歳

2019年2月に移住し、南相馬で活動するアロマセラピストの水谷祐子(みずたに・ゆうこ)さん。彼女は一般住宅、福祉施設、公共施設といった様々な場所で訪問施術を行っている。さらに今年に入ってからは、ECサイト「香りの仕立て屋」で通販をスタート。さまざまな形態でトリートメントとアロマによる「癒やし」や「リラックスする時間」を提供している。長く暮らした東京の地を離れ、新たな地で事業を起こすことを決意したのは何故なのだろうか? その背景にある思いと、アロマセラピーを通じて南相馬で実現したいことについて、お話を伺った。

地域の方の心をほぐすアロマセラピー

南相馬を中心に活動するアロマセラピストの水谷さんは、さまざまな施設に赴き、アロマトリートメント、フェイシャルエステ、リフレクソロジーなどを地域の方々に提供している。こうした訪問型のアロマセラピーは高齢者の方など、店舗型の事業では足を運んでもらうことが困難な方にもサービスを届けられることがメリットだ。全国平均より高齢化率が高い南相馬市のような場所では、まさにうってつけの業態といえるだろう。

実際に水谷さんの訪問型アロマセラピーは高齢者・介護に携わる方々に加えて、子育ての中のお母さん世代の方々に人気を集めている。ある時は公共施設内にブースを開き、お母さん世代の方々に。また、ある時は介護施設を利用する高齢者の方や介護職の方々に施術を提供する。この場所に住む方々の生活に寄り添った形で、身体のコリはもちろん、心をほぐすような施術を行っている。

以前、地域の高齢者の方に施術を行った際に言われた言葉で、忘れられないものがあるという。アロマセラピーによる施術が、身体だけではなく、心に届いたと感じた瞬間だ。

「こちらに赴任して間もない頃、介護施設で施術させてもらった際に、「幸せだなぁ」と涙ながらに言ってもらえたことがありました。この場所に住んでいる人は震災で避難して戻ってきた方が多い。思うように元の生活に戻らない中で、ご苦労が色々とあったのだと思います。そういった方々の心に寄り添えたような気がして、嬉しかったですね」

「人の心を癒やす仕事で生きていきたい」水谷さんがセラピストを志した理由

そんな水谷さんがアロマセラピーの仕事を志したのは、個人的な経験がきっかけになっている。

「祖母が末期がんで入院後、一か月で亡くなったんです。当時の私はベッドの傍らに立っていることしかできず、気の利いた言葉のひとつさえ言えなかった。それが悔しかったんですよね。それと、看病に疲れた家族の癒やしになるような、手助けになるような仕事があれば良いなと考えていたんです」

そんな時、1冊の本と出会った。それが相原由花さんの著書『臨床アロマセラピストになる』だ。相原さんの施術の特徴は、その人の状況、心の状態を見極めてアロマをオーダーメイドで調合すること。目の前の方のために、自分の全技術と知識を注ぐ仕事の姿勢に、心が揺さぶられたという。その後、セラピストの資格を取得し、副業としてアロマセラピーの事業をスタートさせた。

「丁寧なヒアリングや、その人にあった調合や施術方法など、相原さんの本や先輩セラピストの姿勢から多くのことを学ばせてもらいました。アロマを通じて、この地域の方々に寄り添えるような施術をしていきたい」

Next Commons Lab南相馬による費用・情報・ネットワーク支援により、スムーズなスタートを切れた事業立ち上げ

東京で会社員として勤務しながら、兼業で訪問アロマセラピー事業を行っていた水谷さんが移住を決めたのは2018年のこと。仕事で充実した日々を送りながらも「このままでいいのか」と、モヤモヤした気持ちを抱えながら過ごしていたある日、Next Commons Lab南相馬の求人広告に出会った。その内容は、福島県南相馬市で移動販売車を利用して事業を立ち上げる人を募るというもの。

Next Commons Lab南相馬は東日本大震災後に設立された、起業家を支援するプラットフォームだ。東京でIT企業の立ち上げを経験後にUターンした和田智行さんが代表を務める小高ワーカーズベースが運営し、多くの起業家の支援を行っている。募集を目にした水谷さんは訪問型アロマセラピー事業を立ち上げたいとすぐに問い合わせたところ、和田さんから「おもしろそうですね」と前向きな返答が。その後、応募の手続きを踏んで、正式に採用決定した。

幼少期より関東育ち、就職後も東京暮らしが長かった水谷さんにとって南相馬は縁もゆかりもない土地。しかし、移住には迷いはなかったという。

「南相馬へは移住前に2,3度訪れましたが、直感的に空気が合うなと感じたんです。車を使った事業にも関わらず、当時の私はペーパードライバーだったため、私よりも周りの人が不安に感じていたぐらいです(笑)私自身はそこまで不安はありませんでした」

Next Commons Lab南相馬から水谷さんへの主な支援内容は事業の立ち上げや運営にかかる費用の一部支援とメンタリングだ。最長3年間は一定の収入が保証されているため、腰を据えて新規事業に向き合うことができる。また「適用可能な補助金といった情報の共有やメンタリングも心強い」と水谷さんは話す。移住直後、現地の方々とのつながりがない中で情報やネットワークの支援を受けられたことで、安心して事業の土台作りを始めることができたという。

南相馬での生活は、東京では感じられなかった「ゆとり」がある

移住後の生活の様子を伺うと「呼吸がしやすくなったような心地」だと水谷さん。自然が豊かで、空が広く、四季のうつろいがはっきりと感じられる。情報に溢れ、日々の時間がせわしなく感じられる東京と比較して、南相馬で過ごす時間には「ゆとり」がある。

人間関係にも変化があった。東京に比べて地域の方々と接する機会が増えたのだという。そうした「地方」ならではのコミュニケーションも、水谷さんにとっては心地の良いものだという。

「休みの日にはドライブしながら海を見に行くことが多いですね。砂浜に打ち寄せる波を見ているとリフレッシュできます。夜には星が綺麗に見えるんですよ。地方暮らしの不便さはあまり感じませんね。

地方ならではの人間関係や『つきあい』のようなものが苦手な方もいるとは思いますが、私は全く気になりませんね。それに、どこで暮らそうとも、人間関係においてコミュニケーションは欠かせません。思いやりに溢れる方々に囲まれて、心地良く過ごせています」

南相馬市内には菜の花畑が広がる

思いを持って行動すれば、道は開ける

訪問型アロマトリートメントという業態もあり、コロナの影響で訪問サービスの提供が難しくなってしまった。そこで水谷さんは調合したアロマをECで販売することにした。商品の制作から写真撮影、発送にいたるまですべて彼女一人の手で行っている。「癒やしの時間」を届けるために、柔軟に形を変えながら事業を行っていく予定だと水谷さんは話す。

水谷さんに今後の展望を伺うと「南相馬の高齢者の方々や、介護に取り組む方々の暮らしをサポートしていきたい」と笑顔を輝かせながら答えてくれた。Next Commons Lab南相馬の任期は3年間。しかし、それはあくまで種まき期間だと捉え、その後も南相馬に根を張り、この地域の方々に癒やしを届けていきたいのだという。

取材の最後、水谷さんと同じように、環境を変えたいと移住を考えている人へのメッセージを伺った。「まずは、行動すること。そうすれば道は開けるのではないか」と水谷さんは答える。

「私自身は、思い切って環境を変えたとこで、多くの人と繋がるきっかけやチャンスに巡り合うことができました。やりたいという思いや、やっていけるかもという直感を信じて行動に移すことが大事だと思います」

誰かのためになりたい。こういう事業を起こしたい。そうした思いを大事にしながら行動を起こせば、きっと良い変化が訪れる。そう信じて動き出した人が、南相馬には集まっている。

(2020/9/7取材)