COLUMN
連載
チャレンジできる場所であること。Helvetica Design inc.佐藤哲也さんが大事にしている『拠点を選ぶ視点』
これまでHOOKでは福島県相双地域の移住者へインタビューを行ってきました。その中で、生活に大きな転換をもたらす「移住」の困難さが語られることも少なくありませんでした。「移住は地域に強い思いを持った人がするもの」そう捉えている読者の方も少なくないと思います。それは移住者の声を届けるメディアであるHOOKにとっての大きな課題でもありました。
そうした課題に向き合いながらメディアを運営する中、新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに私たちの日常生活には大きな変化が訪れました。リモートワークを導入する企業、オンラインで家族や友人とのコミュニケーションを行う時間は増加しました。そうした新たな生活様式が「当たり前」になる中で、今後の「住む」「働く」は大きく変化していくことが予想されます。この生活様式の大きな変化は「住む」「働く」を多様化させるものであり、より多くの人の「移住」という選択肢にリアリティを与えるきっかけになるのではないか。そうした考えのもと、HOOKではそれらの様々な働き方、暮らし方を実践されている方々について紹介する連載企画「コロナ以降の「住む」と「働く」を問い直す」をスタートさせることにしました。
今回ご登場いただいたのはHelvetica Design inc."ヘルベチカデザイン株式会社”代表取締役、一般社団法人ブルーバード代表理事の佐藤哲也(さとう・てつや)さんです。佐藤さんは福島県須賀川市の出身。フリーランスのデザイナーを経てデザイン事務所Helvetica Design 株式会社を設立し、2020年には郡山市のエリアリノベーション事業を行う一般社団法人ブルーバードを設立。福島県郡山市を拠点に東京を含む全国各地で活動しています。リモートワークが急速に普及していく昨今ですが、佐藤さんはだからこそ「有機的なつながり」が重要だと指摘します。地方と都市を往復する中で、佐藤さんが見出した働き方とはどのようなものでしょうか。
《プロフィール》
福島県須賀川市出身。フリーランスのデザイナーを経てデザイン事務所Helvetica Design 株式会社を設立。2020年には郡山市のエリアリノベーション事業を行う一般社団法人ブルーバードを設立。福島県郡山市を拠点に東京を含む全国各地で活動の場を広げている。
地方に拠点を置くことは、その地域の経済にコミットすること
福島のことは好きでも嫌いでもない。目の前のことに飽きて、福島との関係を断ち切りたい。そう思っていた私は高校卒業後に進学のために東京へ。しかし、東京で生活を始めたことで、地元を客観的にみることが出来るようになり、地元に貢献したいという思いも徐々に膨らんでいきました。
新卒で入社した会社を辞めてフリーランスのデザイナーとして働いたのち、2011年8月に郡山市でデザイン事務所「Helvetica Design 株式会社」を設立。東京にも支社を置き、2つの拠点を行き来しながら仕事をしています。郡山を拠点に法人を立ち上げたのは東日本大震災がきっかけです。
すぐに被災地に貢献できる仕事とは違い、震災後数ヶ月はデザインの仕事はありませんでした。結局「デザイン」というものは世の中が機能していればこそ必要とされるものだということを痛感しました。
福島県内には東京のようにデザイン事業を受託できる企業は多くない。すると復興支援事業として補助金が捻出されても、東京に本拠地を置く会社が受託をすることとなり、その結果、補助金の行き先は東京の企業になってしまう。そうした構造に違和感を覚えていました。福島に拠点を持つ会社であれば仕事の収益を地元に還元することが出来ますし、納税先も福島県になります。拠点を置くというのは、その地域の経済にコミットするということです。
地方のデザインワークに求められるのは土壌を耕す力
「デザインの仕事」と一口に言っても、都市部と地方では働き方も、求められるものも大きく異なります。デザイン事業者がひしめく東京の仕事は、高い技術や特徴、あるいは作り手の個性を求められる場合が多い。どんなグラフィックの技術を用いてどんな表現をするのか。どれだけ高いクオリティのものづくりをすることができるのか。そうした部分が差別化につながります。
一方、地方で求められるのは総合力です。デザインによってどんな効果が得られ、地域にどのように影響を及ぼしていくことができるのか。そうしたデザインの意義からクライアントに提案し理解を得ることで仕事が動き出していきます。デザインとともにその足場となる「土台づくり」から行うような仕事が多いです。また、広告代理店が間に入らずに、クライアントと直接やりとりを行うことも多い。土地柄、農業や林業といった一次産業への理解も求められます。そうした仕事を限られた人数で行わなければならないので、デザインスキルだけではない幅広い能力や知見が求められます。
どちらが良い、悪いではなく、そうした性質の違いがあるということです。岩手県や長野県など、地方の仕事を多く担当させていただいていますが、個人的には土壌を耕すことから取り組むローカルの仕事には大きな可能性を感じています。
地方と都市部に拠点を持つことで、どちらもより「好き」になれる
東京のオフィスは日本橋の最寄り駅から10分ほどの場所にあり、郡山の事務所は郡山駅から徒歩10分の場所にあります。東京駅から郡山駅までは新幹線を使って90分ほど。一方で、例えば郡山から奥会津までは車で2時間かかります。「離れた場所の二拠点生活は大変そう」と思われる方もいらっしゃいますが、そう考えると、不便さは単純な距離でははかれません。だからこそ、アクセスのよさはいつも意識しています。
一般社団法人ブルーバードでは郡山の清水台という地域のエリアイノベーション事業を行っています。空き家に食堂や写真館を開くことで人が行き交う場所を創出する。町の機能を取り戻すことで、自分たちが居心地が良い場所をつくっていく。このように、地方ではデベロッパーではなく、デザイナーがまちづくりの領域も担うことができます。従来の「デザイナー」よりも仕事の領域が広がっていると感じます。
一方、東京では多くの関係企業と協力しながら、企業の課題解決に取り組む仕事が多いです。地方の仕事では全体を設計するのに対し、専門的な知見を活かして担当領域のクオリティを高めていくというような違いがあります。
地方に比べて、東京には人・もの・こと、そして情報が集積している。刺激的な場所であることは間違いないのですが、ずっとその場所に留まっていると「慣れてしまう」ことも確かです。
複数の拠点を持つことのメリットは、それらを取捨選択しながら、自分の求める環境をつくりやすいことかもしれません。私は、郡山も東京も好きです。両方に軸足を置くことで、足りないものを補ってくれる感覚があります。両方を好きでいるために、両方で働き、暮らす。それは仕事上も、精神衛生上もプラスに働いています。
東京の仕事は求められるデザインの水準は高い。一方で地方の仕事は自分の関われる領域、キャンバスが広いと感じます。いずれも、デザイナーとしての腕が求められていることには変わりません。二拠点ならばどこでもいいというわけでは決してなく、自分がチャレンジできる場所に常にアクセスしていることが重要だと感じます。
コミュニティをつくっていくのは「有機的なつながり」
新型コロナウイルスの感染拡大により、地方で働くことのハードルが下がったような機運がありますが、1、2年で社会全体が大きくシフトすることはないのでは。と予想しています。
震災時も同様でしたが、突然訪れた大きな変化に対して、準備が出来ていたわけではない。リモートワークに適応しようにも社会の仕組みや企業の制度が追いついていない。そうなれば、二拠点生活、ダブルワークが本当に浸透していくのはもう少し先になるでしょう。ただ、この期間にチャレンジをして新しい生き方や楽しみ方を実践できた人は、そのまま軌道に乗ることができるかもしれません。
私が大学で受け持っている授業もオンラインに移行しました。しかし、オンライン上のやりとりではほとんど雑談が生まれず、一方的なコミュニケーションになってしまう場合が多いんですよね。有機的なコミュニケーションがない場所でコミュニティは生まれません。ビジネスも同様で、そうした「余白」が無くなると拡張しにくくなります。この問題が解決されない限りは大きな変化にはつながらないでしょう。
とはいえ、地方に人が可能性を感じ集まることは大賛成ですし、そこに可能性を感じています。特に、クリエイティブ業界の人達はもっと地域に入り込んでいくべきです。地方の仕事ではその場所にいることの価値が大きい。そういう意味で地方を盛り上げていくのは、手触り感のある「繋がり」だと思います。
以前、Helvetica Design 株式会社で人材を募集した際、拠点のある二地域に限らず、神奈川や大阪といった離れた場所からも沢山の応募がありました。そのスタッフは今も弊社で働いています。受け皿となる会社さえあれば、どこでも人は集まるし定着していく。こうした人の動きはもっと大きくなっていって欲しいですね。
福島の学生には「もっと外の世界に目を向けた方がいいよ」と伝えるようにしています。様々な地域の実情を知ることで、個性も能力も拡張されていきます。福島のためにと思って福島に居続けるよりも、自分が可能性を感じる場所を行き来しながら、地元に還元してくれることを願っています。
正直に言うと福島だけの特徴はあまりない。それでも、福島は恵まれている場所だと思います。震災以降、数多くの支援をいただき、地方の中では先進的な地域になっていきました。一方で、クリエイティブという面ではまだまだ人が不足しています。地域にデザインがどう関わり、どんな風に町を編集していけるか。今、それが問われているのだと思います。
(2021/2/10取材)
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取材:高橋直貴、宗形悠希
執筆:高橋直貴 -
Helvetica Design inc.
http://helvetica-design.co.jp/about/