INTERVIEW

インタビュー

「移住を検討する時間も楽しんでほしい」。移住にまつわるギャップをなくす「移住コーディネーター」の役割

松本克己さん

出身地:福島県南相馬市
勤務先:福島県 相双地方振興局
勤務期間:2018年〜
年齢:61歳

「移住コーディネーター」という仕事を耳にしたことがありますか? 移住コーディネーターとはその名の通り、移住をサポートする役割を担う仕事のこと。各地域の自治体に所属する方、広域に渡って移住支援を行う方、あるいは他県に窓口を持ち現地との橋渡しを担う方など、さまざまな移住コーディネーターが存在している。今回インタビューを行ったのは福島県相双地方振興局 企画商工部 地域づくり・商工労政課で働く、移住コーディネーターの松本克己(まつもと・かつみ)さん。松本さんは東京の大学を卒業後30年勤めた会社を退職。その後、南相馬の産業支援の仕事を経て、移住コーディネーターとしてのキャリアをスタートさせた。彼の仕事、その背景にある思いについて話を聞いた。

還暦を目前に転職。「震災復興事業に本気で向き合いたかった」

南相馬市出身の松本さんは原町高校卒業後、東京都内の大学に進学。東京は刺激も多く遊ぶには困らない場所だが、家庭を持って長く暮らしていくことはイメージが出来ないとの理由から、卒業後は福島県に戻り、伊達市と南相馬市に拠点を置く電子デバイスの企業に就職した。

それから30年間以上1つの企業で勤め上げた松本さんだが、その胸のうちにはある強い思いがあった。それは東日本大震災の復興支援事業に関わる仕事をすることだ。地元福島の地を愛する松本さんにとっては自然な感情だったという。

電子デバイス企業を退職したのち、南相馬の産業支援の仕事を経て、移住コーディネーターの道に踏み出したのは2017年のこと。「将来自分の人生を振り返ったとき、きっと後悔してしまう」と、還暦を目前にしての決断だった。もちろん不安もあった。しかし地元に貢献したい思いは人一倍強いという自負もある。そんな不安と期待を持って働き始めてから3年、今では「この仕事が天職だと感じている」と話す。

「この仕事は相談者の話を聞き、親身に寄り添い、スムーズに移住と豊かな生活が実現できるよう伴走しながらサポートを行っていくもの。前職では200人の部下を持っていましたが、彼らの話を聞きながらマネジメントしていた経験が活きているなと感じますね。天職だと思います」

そんな松本さんの元には、年間で延べ200名以上の方からの相談が寄せられる。担当の相双地域に移住者を増やしていくことが松本さんの仕事だが、移住を急かさないよう心がけている。相談者の移住後の生活を考え、時には待ったをかけることもあるそうだ。

「被災地の役に立ちたいと仰る方、今の生活環境を変えたい方、あるいは補助金を利用したい方など、様々な人が訪れます。移住者を歓迎はしていますが、移住後の生活に不安が伴うことが予想されるのであれば、時間をかけて検討していただくようお伝えしています。

検討するということは、その間、移住という「夢」を持って過ごすことです。この町に来て正解だったと思ってもらえなければお互いに残念な結果になってしまいますから、ぜひ移住までの過程も含めて楽しんでいただければと考えています」

時には朝から晩まで現地ツアーを実行。何より重要なのは移住後のイメージを持つこと

振興局において松本さんが担当している管轄エリアは福島県の相双地域だ。移住コーディネーターは具体的にどんなサポートを行っているのだろうか?

移住にあたって何より重要なのはしっかりと移住後の暮らしのイメージを持つことだという。なぜ移住するのか、移住後はどんなことをしたいのか、どんな生活を思い描いているのか。松本さんは補助金をはじめとした支援制度の案内に加え、そうしたイメージを膨らませるためのサポートに力を入れている。

「以前、日常的にイワナ釣りをしながら暮らしたいという要望をいただいた時はイワナ釣りで有名な川内村を案内しました。実際に住んでいる方と引き合わせ、一緒にイワナ釣りのポイントを案内してもらいましたね。

生活のイメージを持っていただけるよう、時には朝から晩まで一緒に現地を回ることもあります。山が近いか、海が近いか、どんな仕事をしていきたいのか。そうした要望に合わせて移住候補先を提案しています」

松本さんに寄せられる相談の内容は住居をはじめ、生活環境に関するものが中心だ。物件情報はインターネットに掲載されているものは限られているため、直接問い合わせが来ることが少なくないのだという。それに付随して、スーパーや大きな病院は近くにあるかといった生活インフラについての質問もある。相談者の不安な点が解消できるよう、相双地域の中から最適な地域をおすすめしている。

一方で、仕事は相談者自身で探す方が多いそうだが、必要に応じて相談にハロワークやふくしま求人特集、南相馬就職ナビといった窓口を紹介している。

高齢化、働き手不足。移住支援を通じて相双地域の課題解決に取り組む

移住支援の管轄である相双地域には、地域が抱えている課題もある。それは人口流出による働き手不足と高齢化の問題だ。震災から9年が経ち、多くの人は避難先で新たな生活の基盤をつくりあげているため、避難した方々に戻ってきてもらうことは決して簡単ではない。そのため、松本さんはこの地域で働く人を、積極的に県外から呼び込んで行かなければならないと考えている。

「例えば、南相馬市小高区は震災前の人口の25%ほどしか戻ってきていません。個人経営の企業は閉鎖したままの事業所がほとんどで、再開している企業であっても従業員が避難先から戻っていないため、人手不足の状態が現在も続いています。また、高齢化が進んでいるにも関わらず介護士・看護師が少ないという職業ごとの課題もあります。こうした問題の解決にはより力を入れていく予定です」

努力の甲斐あって、いまだ不足してはいるものの、看護師・介護士の方々の移住実績は多く、松本さんに相談した方の約8割が移住を決めた。取材の直前にも、東京から1名看護師の方が移住してきたのだという。

移住者からの言葉が何よりの財産

松本さんは、数多くの移住をサポートしてきた。そうした方々からの声が届くこと、それが移住コーディネーターという仕事のやりがいだと目を輝かせる。

「移住してきた方がこの地域に馴染んで、一生懸命働いている姿をみると嬉しいですね。
南相馬で物件を購入し、パン屋さんと福祉理容室を始められた方がいます。いまでは行列ができるほどの人気店になっているのを見て感激しています。

もともとは関東にお住まいの方でした。東京で開催した振興局主催のセミナーに参加されたのをきっかけに、縁もゆかりもない南相馬へ何度も足を運ばれて1年以上かけて移住を実現された。そんな時に『松本さんがいたから私はいまここにいる』と言っていただけました。この言葉は忘れられないですね。

この地域は県内でも温暖な気候。雪が積もることはほぼ無く冬の厳しさは感じない。そして田舎独特の人の温かみがある。そして、以外と温泉も多かったりするんですよ。(笑)
少しでも移住が頭に浮かんだら私が全力でサポートしていきますので、ぜひ相談にいらしてください」

(2020/10/13取材)