INTERVIEW
インタビュー
若き理容師がUターンし、富岡町に唯一のバーバーショップを開くまで
草野倫仁
「BARBER SHOP C.O.R(コール)」は富岡町出身の25歳の若きオーナー、草野倫仁(くさの・ともひと)さんが2020年に開いた同地域に唯一の理容室だ。専門学校卒業後、近年のバーバーブームの先駆けであった店舗で経験を重ねた草野さん。彼の元には、その「アメリカンスタイル」を求めて県内外から多くのお客さんが訪れる。
店名のC.O.Rは「Circle Of Revival(復興の輪)」の頭文字からとったもの。Uターンをして独立したきっかけ、地域に対する思いについて、オーナーの草野さんに伺った。
洗練されたスタイルの理容室を富岡町から
理容室、というと昔ながらの「床屋さん」をイメージする方も多いだろう。しかし、近年は東京を中心に、そのヘアスタイルはもちろん、ファッションやインテリアにもこだわりを持った「BARBER(バーバー)」が盛り上がりを見せている。
2020年の10月、富岡町にオープンした C.O.Rもそうした数少ないバーバーの一つ。「アメリカンスタイル」と呼ばれるシックなスタイルが売りで、アンティーク調の店内からもその雰囲気の一端を感じることができる。
「こうしたバーバーは海外で普及してきていますが、日本ではまだ東京や都市部で少し見られるぐらいです。フェードカットを多用したスタイルを提案しているのですが、まだまだ国内ではこうした技術を身につけている人は多くないと思います。スタイルにこだわりがある人は県外からも足を運んでくださることもありますよ」
そう話すのは25歳にしてC.O.Rをオープンさせたオーナーの草野さんだ。東日本大震災後、富岡町内で営業する理容室が無くなったため、多くの人が待ちわびた開店となった。彼はなぜこの町でお店をスタートさせたのだろうか? 彼が理容師を目指したきっかけから辿ってみたい。
初めてハサミを握った高校時代の経験
草野さんが理容師を目指したきっかけはサッカー一筋だった高校時代に遡る。当時の草野さんは「ずっとサッカーばかりしていて、社会に出たときに自分の出来ることはあるのだろうか」と、将来に漠然とした不安を抱えていた。
そんなある日、寮の一角で散髪代を浮かせたいと話す友人の髪をYouTubeを見て学びながらカットをした時のことだ。ハサミを握っていた草野さんは素人なりに悪くない仕上がりに、髪を切ることの楽しさを覚えた。「失敗を考えずに作業に夢中になれた」そうだ。
将来の進路を考えるにあたって真っ先にその時のことが思い浮かんだ。当時通っていた接骨院の先生が話していた「手に職があったから避難先でも働くことができた」という言葉も後押しをした。こうして、寮の一角で体験した「楽しい」という感触を頼りに、理容師の道に進んでいくのだと決めた。
東京よりも地方に可能性を感じた。草野さんが地元でバーバーを開いた理由
高校卒業後はさいたま市の大宮理容美容専門学校を経て数店舗で勤務。順調にキャリアを重ねていた。そんな草野さんが独立を決めたのは、アメリカンスタイルバーバーショップの先駆けでもある栃木県の理容室で忙しく働いていた頃の出来事がきっかけだ。
台風により自宅が大規模な水害に見舞われたのだ。草野さんが当時住んでいたアパートは床上まで浸水し、車も廃車にしなければならないほどの被害を受けた。私生活がままならなくなるほどの状況にも関わらず、職場では通常通り仕事をこなさなければならない。そんな状況に違和感を感じ、草野さんは仕事を辞めて東京でフリーランスとして活動していこうと考え始めた。そんな時に両親と交わした会話を機に、地元・富岡での開業を決意する。
「福島の両親と話していたときに『富岡に床屋がない』って言うんです。8年ほど地元を離れて関東で暮らしていて、当時の富岡町の状況を把握していませんでした。帰って久しぶりに町の様子を見てみると、ここでやっていくのもいいかもと思えたんです」
いつかは独立したい。そう漠然と考えていた草野さんの元に、その「いつか」は思っていたよりも早く訪れた。当時の草野さんは25歳。その若さでの独立は業界としては早いタイミングではあったものの、18歳から7年間経験を積んできて、自分の腕に自信もあった。
独立が5年遅れてしまったら30歳。その頃にはもう結婚をしているかもしれない。そうすると、守りに入ってしまうのではないか。うまくいっても、うまくいかなくても挑戦するのは早い方が良い。
「東京の理容室、美容室の数はコンビニよりも多いと言われています。そうした競争の中に飛び込むよりも地方の方が可能性があるように感じます。富岡町は人口こそ減ってしまいましたが、原発まで行き来しやすい場所にあるため、廃炉作業に関わる方の往来が多く需要があります。数年後には近隣で避難指示が解除される予定もあり、長い目でみてもやっていけるという自信はありました」
地域に根ざした、働きやすいお店を作りたい
草野さんはお店を経営する上で大事にしたいことがあるという。その一つが健全な労働環境を整えることだ。
理容師の世界は上下関係に厳しく労働時間や規律にきびしい、いわゆる「体育会系」な社会。朝は早く、夜は営業時間後に自主的な練習を重ねるのが通例だ。そうした厳しい環境はサッカーに打ち込んでいた草野さんにとっては慣れたものではあったが、シビアな世界であることには違いない。
C.O.Rは多くの理容室が週休1日制をとる中、週休2日で営業を行っている。営業日が減る分、もちろん集客は減ってしまう。それでも週休2日にこだわるのは、自分が雇用されていたときに感じていた勤務形態の問題を解消したいと考えてのことだ。
「楽しかったから続けてこれましたが、自分の時間が全く取れないほど、仕事に費やしてきました。でも、自分のお店を持った時、それでいいのかと考え直しました。自分が健全に働く環境も整えられずに、他のスタッフを雇うことはできません。いつか招き入れるスタッフのために、自分自身も勉強をしながら働きやすいお店づくりをしていきたいと思います」
そしてもう一つが、地域に根ざしたお店であることだ。
お店を訪れる県外出身の方の多くは6,7年前から原発の廃炉作業や町の復興事業に携わっている方々。震災時に学生時代を過ごし、その後地元を離れてしまった草野さんには後ろめたさがあった。地元にUターンし、自分のお店を持った今、町を支えてきてくれた方々のために働けることが嬉しいのだという。
「この10年間、富岡町に理容室は1軒もありませんでしたが、お店を開けてみると必要としている人はこんなにもいたんだと実感しますね。年配の方々には特に可愛がってもらってます。自分が知らない町のことを、楽しそうに教えてくれるんですよ。
富岡の人は家を壊してしまった人も多く、お墓参りでしか戻らないという人もいると思います。それでも、自分のお店をきっかけに町に戻ったり、訪れる人が増えてくれたら嬉しいですね」
理容師は美容師よりも長く現場で働ける仕事と言われている。それが理容師を目指した理由の一つでもあると草野さんは教えてくれた。数十年後、その店名が表す通りC.O.Rが復興の輪を繋いでいるはずだ。その時にもきっと草野さんはお店に立ち、お客さんとの会話を楽しんでいることだろう。
(2020/2/2 取材)
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取材:高橋直貴、宗形悠希
執筆:高橋直貴 -
BARBER SHOP C.O.R(コール)
https://www.barbershopcor.com/