INTERVIEW
インタビュー
好きなことをもう一度。そして、南相馬でバー文化を育てたい
安藤徹さん
オーセンティックバーとはバーの歴史・文化を重んじる形態のお店を指し、どこか落ち着いた雰囲気を連想させる。
南相馬市にある" BAR fleur(バーフルール)"もそのひとつ。真っ黒な外観の建物に入ると、ろうそくの優しい灯りとカウンターを照らす間接照明が店内の雰囲気を落ち着かせる。そんな雰囲気とは裏腹に、と言っては失礼かもしれないがマスターの安藤徹(あんどうとおる)さんは饒舌で明るい方だ。
「南相馬で生涯バーテンダーで終えたい」そう語るが、もともとは南相馬に縁もゆかりもない。そしてバーから離れた時期もあった。そんな安藤さんから、南相馬でお店を開くことにしたきっかけと、見据える将来についてお話を伺った。
背伸びして踏み入れたバーの世界
「高校卒業間近。その当時、お付き合いをしていた2歳年上の彼女がいました。その彼女が成人したお祝いに郡山市のバーにふらっと行ったのがきっかけです。」
当時はまだ18歳。少し背伸びしてバーに行ったもののどこか落ち着かない。注文に迷っていた時、マスターは彼女には通常のメニューを、安藤さんにはノンアルコールのメニューを差し出した。彼女の後について入店したときから何気ない仕草まで見て、安藤さんが未成年だと見抜いたのだ。
「バレないと思ってたんですよ(笑)でも、ずっと見ていたんでしょうね。何も言っていないのにノンアルコールのメニューをすっと渡されて。少しバツが悪かったのですが帰り際に『また来てくださいね。』と言ってもらえまして。」
安藤さんはここでマスターの目利きと人柄に魅せられた。「ここで働きたい。ここで働いたらすごい人になれるかも。」当時は居酒屋とバーの違いもわからなかった。ましてやバーテンダーという仕事すら知らなかった。それでも、人のその時の気持ちを読む、そして対応ができる。人の心に直接触れられる素敵な仕事だと思ったという。
同級生が進学先や就職先を決めていたが、なんとかなるだろうと思っていた安藤さんは何も決めていなかった。そんなときにこのバーに行ったことは大きな転機となり、1週間考えた末にマスターのもとへ向かった。
本気でこの職業を続ける気があるか
学校帰りに開店前のお店に出向くと、マスターはタバコを片手にカウンターでコーヒーを飲んでいた。
「ここで働かせてください。」開口一番、真っ直ぐに自分の意思を伝えた。
「まだ学校を卒業していないだろう。学校を卒業したら働いても良いけど、それまでは22時までのアルバイトで雇う。それでも良いならいいよ。」マスターはあっさり快諾し安藤さんの就職先は決まった。
高校を卒業するまでの3か月間、1日3時間ほどお店で働いて基礎を学んでいった。マスターは「こいつは高校を卒業したら、ここで働くのでよろしくお願いします」とお客さんに紹介してくれたという。この短い時間でもお客様に顔を覚えてもらうのは後々為になる。マスターのそんな心遣いがあった。
高校を卒業して本格的に働き始めて1か月が経った頃。ゴールデンウィークが過ぎて、お店が休みの日にマスターに呼び出された。
「休みの日に呼び出されるなんて、何を怒られるんだろうと思ってましたよ。まったく心当たりが無かったですから。」
そんな安藤さんの心配をよそに伝えられた言葉は意外なものだった。
「本気でこの仕事を続けていく気はあるのか。お前の立ち振る舞いや接客の仕方、カウンターでの佇まいはこの仕事に向いてる。本気でこの仕事を続けていく気があるなら修行して来い。」
「びっくり半分、嬉しさ半分でした。どうするか聞かれたわけですが、ノーとは言わせない雰囲気でしたね。マスターが昔修行していた神戸のホテルでホテルマン兼バーテンダーとして、4年間修行してくることになりました。急な話でしたが、生まれてからずっと郡山にいたので外に出る良いチャンスだと思いました。」
夜の仕事から昼の仕事へ
当初の予定より1年延長し、5年間の修行を終えた安藤さんは24歳になり、再び郡山の店に戻ってきた。しかし、半年もしないうちにお店が入っていたビルが改装工事のため取り壊されることに。
「場所を移して新しいお店を構える。その店の店長はお前に任せる。」マスターは修行を終えて戻ってきた安藤さんの実力を認めていた。
「若くしてお店を経営できるのは良いチャンスだと思いましたし、いずれは挑戦したいと考えていました。でも、マスターは他のお店から良い条件で誘われているからそちらに行くって言うんですよ。この人と働きたいと思って戻ってきたのに、それはないでしょうと(笑)」
これをきっかけにバーテンダーを辞めて昼の仕事を探した。明確にやりたいことがあったわけではない。それでも接客をしてきた経験からか、人当たりの良さとコミュニケーション能力を評価され、タイヤメーカーの営業職で採用されて働き始めることになる。
24歳から28歳まではいわき市。その後2年間は南相馬市で勤務し、福島県内の営業所のなかでトップを取るまでの成績を残していた。
結果を出したことで違う店舗でも必要とされて転勤の話があったが、奥様と出会ったことがきっかけで南相馬に残ることを決めた。安藤さんはメーカーを辞め、タイヤの卸先であった南相馬のガソリンスタンドに転職した。
メーカー時代の経験と知識を活かして新しい環境でも求められた成果を残し、夜の仕事から昼の仕事に移った安藤さんはそれなりに充実していた。
しかし、そんななかで東日本大震災が起きる。
背中を押した奥様の言葉
震災当時、給油の部署に異動していた安藤さんは想像を絶する状況のなかで仕事にあたった。
南相馬から避難する人、いなくなった家族を探す人、瓦礫の撤去作業にあたる人、ボランティアにかけつけた人。それぞれの事情で多くの人々がガソリンを求める。安藤さん自身も避難を考えたが、少しでも多くの人にガソリンが行き渡るようにと現場に残った。ただ、そう思っても全国各地でガソリンは不足し、被災地域の南相馬はさらに状況が深刻だった。
連日多くの車が並ぶが、少ないガソリンを均等に給油しなければならず満タンにできない。不満の声も多く浴びせられた。だが、その人たちの気持ちも安藤さんはちゃんとわかっていた。もどかしい気持ちを押さえながら、1人ずつ丁寧に事情を説明していく。なかには「そうだよな。こういうときだからこそ平等にすることが大事だよな。」と理解を示してくれる人もいたそうだ。
辛い状況ではあったが、自分の仕事を通してこの人たちの役に立ちたい。そんな想いで、ガソリンを必要とする人がいればガソリンスタンドに限らずに各現場に給油に出向き、昼夜を問わず働き続けたという。
しかし、自身でもわかるほどのオーバーワークが続き、ついに体調を崩してしまった。
「この先どうしていこうか。これまでの経験を買われ頼りにされていたため、復帰してもまた最前線の現場で働くことになる。続くだろうか。でも、もし今の仕事を辞めたとしても34歳から新しい仕事に就けるだろうか。」仕事から離れていた時、安藤さんは考え続け、悩んでいた。
そんな時に背中を押してくれたのは奥様の言葉だった。
「今の仕事を続けて倒れられても困る。一度仕事を辞めて、あなたが本当に好きなことをしたら良いんじゃないの。一からお店をつくることは大変だと思うけど、まだ間に合う年齢なんじゃない。あなたが家で作るお酒は美味しいし、これでお金をとっても良いと思う。話すことも得意なんだから。お店をやって少しでも人の気持ちを明るくできたらそれも復興に繋がることだと思う。」
南相馬で知り合った奥様はバーテンダー時代の安藤さんを知らない。それでも、バーテンダーという仕事に想いがあったことも、自宅で作るお酒の味もその腕前も知っていた。
「昼の仕事になってからも職場の人やお客さんと飲みにいくことはありました。でも、バーには行かなかったんです。なんとなく避けていたんでしょうね。ただ、夫婦そろって飲みに行ってお店の雰囲気を楽しむこともあったし、自宅でお酒を作ることもありました。妻はそんな様子を見てきたから思うところがあって、そういうことを言ってくれたのかもしれないですね。」
もう一度、自分が本当に好きなことをやってみよう。それがここで生きていく意味になるかもしれない。安藤さんは覚悟を決めた。
先輩バーテンダーの存在
「夜な夜な車を走らせて空いてる物件を見つけては中を覗き込み、翌日オーナーに電話をかけて問合せをする。しばらくそんなことを続けていたので、ちょっと怪しい人でしたね(笑)」
2014年7月。苦労の末に見つけた店舗でBAR fleurをオープンし、安藤さんは34歳で10年ぶりにバーテンダーになった。
しかし、市街地から少し離れた場所で実績のないお店。ましてや地元の人間ではない自分が受け入れてもらえるだろうか。開店当初はそんな不安が大きかったという。ふらっとやってきたお客さんも最初は構えてしまう。
それでも1時間も話をすると、安藤さんの人当たりの良さとお酒で雰囲気が和らいでくる。帰り際に「ありがとう。楽しかった。美味しかった。」と、かけられる言葉はシンプルであっても安藤さんにはそれが嬉しかった。
しばらく苦しい時期は続いたが、心を込めて丁寧に接客をしていくと、次第に口コミで評判は広まり常連のお客さんがつくようになっていった。そのなかには"バーホッパー”と呼ばれる「一晩に数軒のバーを渡り歩く人」もいた。
このバーホッパーが増えた背景には、ある先輩バーテンダーの存在があった。
それが、同じ南相馬市内で"BAR Wizard(バーウィザード)”のマスターを務める草野聡(くさの さとし)さん。草野さんはバーテンダーの技能を競う全国大会で、何度も上位入賞するほどの実力者。
ウィザードを訪れたお客さんから、もう1軒バーに行きたい。とおすすめを聞かれたときには安藤さんのお店を紹介していたのだ。
「1キロくらい離れていたのですが、歩いて来るお客さんが多かったですね。『本当に遠いね~。酔いが醒めちゃったよ』と言われることもしばしば(笑)でも、草野さんが認めてくれたからお客さんも紹介で来てくれたんでしょうね。草野さんも自分のお店が終わった後によくビールを飲みに来てくれましたよ。」
安藤さんがバーテンダー協会に入ったことが草野さんとの出会いのきっかけ。同じ南相馬で新しくバーを始めた安藤さんに対して、1歳上の草野さんは親身になって相談に乗り、いつしかバーのことも南相馬のことも遠慮なく熱く語り合うようになっていった。
安藤さんがお店を開いてしばらく経った頃、草野さんにこんなことを言われたそうだ。
「お客様を軸に考えて思ったんだけど、そろそろ駅前通りに出てきても良いんじゃない?この町にもバーを求めている人はいる。もう1軒と求める人にフルールは自信をもって紹介できるお店だし、うちの近くに来てくれたほうがお客さんが楽しめる。町を盛り上げていくにはそのほうが良いんじゃないかな。」
カジュアルに楽しめる草野さんのウィザードはフルールと雰囲気も異なり、お客さんが求めるものも違う。ただ、バーを訪れた人を楽しませることで南相馬を元気にしたい。その考えはお互いに一致していた。
2017年9月。BAR fleurはBar Wizardと200メートルの距離の駅前通りに店舗を移した。
一期一会を大切に
お店を移転したが元々の常連さんも来てくれる。メイン通りに面したことでお店が認知されるようになり、ふらっと立ち寄る人も増えた。もちろん、バーホッパーも利用してくれる。
「お店を始めて5年。少しずつ地域の人たちに認めてもらえるようになってきたと思います。でもそれは自分1人の力ではなくて、草野さんがお客さんに紹介してくれたり、近くに呼んでくれたからだと思います。感謝するといつも謙遜するんですけどね(笑)今日は草野さんの話をしようと思ってたので、襟元には草野さんのオリジナルカクテルのピンバッジをつけてきましたよ(笑)」
バーから離れていた安藤さんがどんな人だったのか、当時の様子は正確にはわからない。でも、目の前で話してくれるバーテンダーの安藤さんはよく笑い、とても楽しそうに見えた。
「バーテンダーになるきっかけをくれた郡山のマスター。南相馬で生活していくことや、もう一度好きなことに挑戦するきっかけをくれた奥さん。自分を認めてくれて南相馬でやっていく自信をくれた草野さん。いろんな転機がありましたけど、出会ってきた人たちのおかげで今の自分があります。ほんとうに一期一会ですね。」
一期一会。安藤さんが大切にしている言葉だ。
「仕事の愚痴を吐きに週5日のペースで来てくれた人もいれば、お客さん同士がここで知り合って結婚したこともありました。昔の私と同じように年上の彼女にくっついてくる挙動不審な男の子もいました。未成年だとすぐにわかりましたけどね(笑)」
復旧作業で大阪から南相馬に来ていたお客さんがいた。その日は湿度が高く、すっきりしない1日だったという。「すっきりしたものが飲みたい」カウンター越しからのリクエストに応えて出したお酒は”カイピリーニャ”ブラジルのお酒をベースに、ぶつ切りにしたライムと甘みを加えたすっきりしたお酒。これがお客さんにピッタリハマった。
その日は3回おかわりし、その後もお店を訪れては1日に5杯同じお酒を飲んでいくこともあるそうだ。「このお店に来なければ俺はこのお酒に出会わなかった。南相馬にもこういう店があって良かった。ありがとう。」
「どこのバーでも出していて特別なお酒ではありません。それでもお客様からかけられた言葉は本当に嬉しかった。色んなお客様が来ますが、私も一期一会を大事にしてこれからもお店を続けていきたいと思っています。」
南相馬でバー文化を育てたい
南相馬に住んで約10年。夏は涼しく、冬は雪も少なく過ごしやすい。外から来た人も受け入れてくれるこの町が安藤さんは好きだと言う。
最後にこれからの目標を伺った。
「バーを通して町を盛り上げたいという気持ちは常にもっています。そのなかで私は、賑やかな喧騒から一呼吸おいて非日常的な空間で自分と見つめ合う、ゆっくり過ごしていただく場所としてオーセンティックバーのスタイルで続けていきます。」
ただ、南相馬には同じようなお店はまだ少ないので、このスタイルが根づいていないようにも感じるという。
「これから後継者を育て、オーセンティックバーを増やしてバーカウンターで飲む楽しみを伝えていきたい。そうやってこの町のバー文化を育てていきたいと思っています。」
神戸で修行した5年間と周りの人の支えで自信をもってやれている。南相馬で生涯バーテンダーで終えたい。
最後にそう付け加えてくれた安藤さん。
好きなことに真っ直ぐな人のお話はいつまでも聞いていたいと思わせる。そして、人を惹きつける魅力を感じる。
これからもお店を訪れた人に楽しい時間を安藤さんは提供していくだろう。そして、きっと後継者を育て、周囲の人たちを巻き込んで南相馬のバー文化を盛り上げていくはずだ。
(2019/7/1取材)
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取材・執筆:宗形悠希
撮影:古澤麻美
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BarWizard記事
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