INTERVIEW
インタビュー
競争社会から離れ、自分に合う生き方を。ヒッピーから学んだ幸せのあり方
中村雄紀さん
川内村にあるコミュニティハウス「町分(まちぶん)オルタナギャラリー」。音楽ライブや、アート作品の展示、体験型のワークショップなどさまざまなイベントが活発に行われているこの場所には、若者からお年寄りまで、定期的に多くの人が集う。このオルタナギャラリーを運営しているのが中村雄紀(なかむら・ゆうき)さんだ。中村さんは、東京でのサラリーマン生活を辞め、5年間海外で生活したのち、いわきを経て2014年に川内村へやってきた。彼はなぜ、この村で「町分オルタナギャラリー」をスタートさせたのだろうか?
競争社会の流れには乗らない生き方を目指してみる
町分オルタナギャラリーは、2016年にオープンしたコミュニティ民泊施設。世界各国の音楽イベント、ベリーダンス講座、藍染め体験や、ものづくりのワークショップなどさまざまなイベントが行われている。
施設名の「オルタナ」という言葉は「alternative(=オルタナティブ)」が由来。『既存のものにとってかわる新しいもの』という意味を込めて名付けられた。もともとは保育所として利用されていた建物を中村さんと仲間が共同で買い取り、協力しながらリノベーションを行ってきた。この珍しいイベントスペースには、県外からアーティストが訪れることも多々あるという。
東日本大震災後、全域に避難指示が出された川内村は、2012年に「帰村宣言」が出された。中村さんがオルタナギャラリーをスタートさせたのはそれから4年後の2016年後のこと。
「いわきに住んでいたのですが、2014年に家族で川内村へと移ってきたんです。というのも、もともと川内村の山奥にある『獏原人村(ばくげんじんむら)』で毎年行われている『満月祭』というイベントを手伝っていたというのが一つ。あとは、都市部で働いてみて暮らしの天井が見えてしまったから。サラリーマンとして競争社会の中にいると、生活のほとんどを仕事に捧げることになります。本当は生きるためにお金を稼いでいたはずなのに、いつの間にかお金のために生きるようになる。そう思うと、何のために生きているのかわからなくなってしまって。ならば思い切って仕事をやめて、競争社会の流れには乗らない生き方を目指してみたらどうかなと」
お金は必要だけど、最優先ではない。それよりも自身の所属するコミュニティを豊かにし、仲間と楽しく過ごすことが大事だと中村さんは話す。実際、オルタナに訪れる人々に繋がりが生まれ、続々と運営にも参加。メンバーも増えてきた。そんなふうにコミュニティを大事にしながら、競争社会とは異なる生活のバランスを探ろうとしているのだという。
生活に必要な金額さえわかっていればチャレンジできる
結婚してご家族もいる中村さんは、移住をするまでに準備期間を設け、慎重に移住を決めた。まずは家族をいわきに残し、中村さんが単身で川内村に移り住む。約1年間、いわきと川内村を往復しながら、住む家を探し、仕事の下地を作っていった。
「実際に住んでみながら、移住の障害を一つひとつ考えていったら、意外にも出てこなかった。何の保証もないけど、きっとうまくいくと思えたんです。一番のネックはお金ですが、川内村では生活にあまりお金がかからない」
川内村で暮らしながら、必要な生活費を得ることができるよう、働き方も大きく変えた。
「川内村に来てからは一つの仕事に縛られず、頼まれた仕事はできる限り断らないと決めたんです。時間だけはあるので、頼まれたことをちゃんとやっていけば、仕事には困らないだろうと。生活を守るために必要な金額さえわかっていれば、死ぬことはありませんし、失敗したら髪を切ってまたサラリーマンをやればいいやって(笑) 」
音楽やアートで、開放的な気分になれる時間を
中村さんは20代の頃、ワーキングホリデーに参加し、オーストラリアに滞在していた。幸せのあり方を考えるようになった背景には、そこで出会ったヒッピーや、彼らの共同体であるコミュニティからの影響がある。コミュニティで暮らす人々は、基本的に自給自足の生活。1日3時間ほど働き、贅沢はできないまでも楽しく暮らしていたという。自身の常識を外れた生き方にカルチャーショックを受けた。また、ヒッピーカルチャーには音楽やアートがつきものだ。それらが生活にもたらしてくれるものは、なんなのだろうか? 中村さんは「あくまで僕の考えですが」と前置きした上で答える。
「楽しんでいる間は、仕事のこととかも忘れて開放的になれる。本当はいつもそういう気分で過ごせるのが理想ですが、サラリーマンをやっていたら難しいじゃないですか。すると殻にこもったり、本当の自分でいられる時間が少なくなってしまう。でも『オルタナ』では、一時的だとしても音楽やアートを楽しむことができる。そういう時間の過ごし方を大事にしたいんです。もちろん、みんなが同じ価値観でいて欲しいとは思いません。興味を持ってくれたら、もちろん嬉しいですけどね」
川内村に仲間を増やし、いつかは村の運営に
移住して6年。村のコミュニティに馴染んできた中村さんだが、やはり移住者としての難しさを感じる場面もあるという。しかし、すでにあるコミュニティに依存することなく、マイペースに自分の生活を送っていくことが重要なのだという。
「やっぱり川内村に限らず、村がもともと持っている独特の雰囲気というのはあって、馴染めれば楽ですが、馴染めない人もいるかもしれません。でも、昨年は僕の友人家族が一組移住してきてくれましたし、他にも移住をしたいという相談を受けています。自由に生きたいなとか田舎暮らししたいなと思ったら、思い切って移住したらいいですよ。失敗したらまた別のところへ行けばいいだけですし。とにかく試してみて、自分に合う生き方を見つけるのが大事なんです」
そんな中村さんに、今後、この村でどんなことをやっていきたいかと伺うと、積極的に村づくりにも参加していきたいと話してくれた。
「若い移住者が増えて、オルタナの仲間の中から村議会議員に立候補したりしたらおもしろいですよね。過疎化も進んで2050年には人口が500人を切ってしまうという予測もあるけれど、そうならないように、僕自身も本当に住んでいる人のためになる村をつくっていたいです。そのために、この場所を整えたいのでクラウドファンディングにも挑戦する予定です」
住む場所を選び、仕事を選ぶ。生活は小さな選択の積み重ねの上に成り立っている。移住の決断をすることは、決して簡単ではないかもしれないが、中村さんが「町分オルタナギャラリー」を通して見せてくれる生き方を見れば、今よりもぐっと気楽に、移住という選択肢を選べるようになるかもしれない。ちなみに、町分オルタナギャラリーには、ゲストハウスが併設されており、短期・中期間の滞在が可能だ。
(2019/12/9取材)
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取材・執筆:高橋直貴
撮影:小林茂太 -
町分オルタナギャラリー
http://fukushima-hook.jp/place_machibunalternagallery/