INTERVIEW

インタビュー

農業で大きな夢を描く。一目惚れから始まった新規就農のチャレンジ

谷口豪樹さん

出身地:埼玉県
勤務先:川俣町ポリエステル媒地活用推進組合
勤務期間:2018年〜
年齢:32歳

2018年に新規就農し、川俣町ポリエステル媒地活用推進組合の広報を務める谷口豪樹(たにぐち・ごうき)さん。彼はIoTを活用した農業に取り組み、NHKやラジオなどでも取り上げられた川俣町の名物農家。これまで転勤族で各地を転々としていたが、福島県福島市への転勤をきっかけに、今の奥さまと出会い、結婚を機に移住。そして、脱サラして農家に転身した。現在は福島市から川俣町に通いながらアンスリウムをはじめとした花の栽培に取り組んでいる。「農家は〝いける〟という確信があったんです」その言葉から始まった谷口さんの話は、大きな夢に満ちていた。谷口さんの移住ストーリー、そして、彼が目指す「未来の農業像」とはどんなものだろうか?

「ポリエステル媒地」と「アンスリウム」とは?

川俣町が「ポリエステル媒地によるアンスリウムの栽培」という日本では異色の農業に取り組んでいることをご存知だろうか?

土の代わりにリサイクルした古着を用いて育成を行うポリエステル媒地は、肥料コントロールが容易で、土壌汚染とは無縁な新たな栽培手法。そのポリエステル媒地によって育成されているのが熱帯アメリカ原産のアンスリウムだ。ハート型の花弁にマットな質感の葉。赤、白、ピンク、緑、紫と豊富な色も人気の理由だ。新たな栽培法による、珍しい花の栽培というチャレンジに、川俣町は町を上げて取り組んでいる。

農業に一目惚れした会社員が脱サラするまで

会社員時代に、転機のため福島市へ移り住んだ谷口さん。それまで農業への興味は「まったくと言って良いほどなかった」が、米や花の生産を生業にしていた義父の仕事を手伝ったことをきっかけに、脱サラして農家への転身を決意。まるで電撃が走ったような瞬間だったと話す。

「ビビッときたんですよね。一目惚れしたときのように、もうこれしかないなと思ったんです。その頃は会社員としても働いていたのですが、気づけば農業のことを考えているという具合でしたね(笑)。1年後、3年後、5年後……と『自分の目指すべき農業』のことが頭に浮かんでしまって、実行したいと思いました」

直感的なひらめきで脱サラを決意し、ほとんど経験がなかったという農家への転身。家族を持つ谷口さんにとってはかなり大きな決断だが、不安はなかったのだろうか?

「単純に、ビジネスとして〝いける〟という勝ち筋が見えたんです。会社員の時からこうすれば成功すると考え続けていたので、イメージは明確にできていたんですよね。それに、農業が好きになってしまった状態で、他の仕事をしながらブルーな気分でいるよりも、失敗しても人生楽しかったと思えるようなチャレンジをしたかったんです。家族は、楽しければそれでいいんじゃない?と後押しをしてくれました。迷いはなかったですね」

IoTによって効率的で安定した農業を実現

谷口さんが見据えた農業の形。それはIoT化による効率的な生産体制を備えた、いわゆる「スマート農業」だ。個人農家が手作業で行っている工程をテクノロジーによって簡略化し、より少ない負担で効率的な経営を行うという計画を、谷口さんは会社員時代より描いていた。現在、谷口さんはスマートフォンを通じて遠隔操作ですべてのビニールハウス内の水やりを行っている。今後も設備投資を行い、更なるIoT化に取り組んでいくという。

「私が栽培している花は、栽培の仕方で花持ちや色、質感が変わるんです。特に、水やり、空気の入れ替え。この2つは、栽培の過程で継続的に行わなければいけない工程です。ビニールハウス3棟でも3時間かかるので、10棟の規模を自分1人でやっていたら、それだけで1日が終わってしまう。でも、その工程をIoT化して人力作業を無くしたら、時間に余裕が生まれ、データも取れるようになるので、安定した栽培もできる。まずは、天候などの外部要因に左右されない生産体制をつくっていきたいと考えています」

良い花をつくる「ブランド農家」を目指す

谷口さんのハウスでは四季に合わせた花の栽培を行っており、夏はひまわり、冬はストック、そして、アンスリウムは年間を通じて出荷している。農家はシーズンによって収入が左右されてしまうという課題があるが、一年を通じて出荷を行うことで収入面のリスクを回避することができるそう。収入を安定させ「年間を通して良いものをつくる農家」としてのブランドをつくり上げていくことが、IoTの先にある谷口さんの目標だ。

「来年はお米、次は野菜と、多品目・多品種での栽培を計画しています。収穫時期をずらすことで、一年中収入が入る状態がつくれますし、顧客も広がります。一年を通して良いものをつくる農家というブランドをつくりたい。当たり前ですが、そのためには品質を上げていくことですね。綺麗と言われるのはもちろん、生産者の目線では長持ちするねという言葉が嬉しい。ありがたいことに遠方から買いに来てくださる常連さんができてきたりと、少しずつ認知度が上がり、目標に近づいている実感があります」

アンスリウムを世界へ。農家を若い人の憧れに

土を使わず古着を使って栽培するポリエステル媒地という新しい手法や、国内ではまだあまり知名度が高くないアンスリウムという花。多くの面でチャレンジともいえるこの花の栽培について知ったとき、谷口さんは「革命的だと思った」という。

「アンスリウムの国内生産率は現在10%未満に留まり、その流通のほとんどを海外からの輸入に頼っています。そんな中で町を上げて取り組むなんて、すごいチャレンジですよね。町から補助を得て進めていることもあり、一農家としてこの花を広げていかなければという強い使命感があります。オリンピックや万博でもアンスリウムを取り扱ってもらえるようもっと知名度を上げていきたいですし、川俣町だけでなく、いずれは福島の、そして日本のブランドとして海外にも輸出していきたいです」

こうした壮大なビジョンの背景には、日本全国の農家が抱える後継者不足の問題がある。農業の担い手が減っていってしまっては、地域としての取り組みを継続し、拡大していくことが難しい。そのため、若い人に希望を持ってもらえるような農業を実現していくことが必要なのだという。

「若い人が農業から離れてしまっているのは、稼げないとか面白くないと思っているからなんです。でも、これからの農業はそうじゃないと伝えていきたい。次の世代に火をつけるのも僕らの役目なんです。川俣町からアンスリウムが広がっていけば、きっと若い方々の価値観を変えることができる。次世代の農家を増やしていかなければ、大きな夢も描けません。周辺の農家さんや企業さんと、どんどん手を組んで、連携しながら盛り上げていきたいです」

5年以内に「1億円農家」を目指す

川俣町の農家としてこうしたビジョンを描く一方で、谷口さんは一人の経営者としても夢を持っている。2025年までには売上高1億円規模を目指したいというものだ。農家に転身してまだ3年目。まだまだ試行錯誤の時期だというが、その目はしっかりと夢を見据えている。

「会社員は会社の方針の中で仕事をしなければいけませんが、今は自分一人。やりたいことを100%実現できます。考えたことをすぐに挑戦できる今の環境は、失敗も沢山あるけど、とにかく楽しいんです。農業は、一年スパンで栽培を行うため、一年に一度しか学ぶ機会がないと言われています。でも、本当にそうなのかな?と思うんですよね。僕は初年度から6棟のビニールハウスでひまわりをつくりました。大きな失敗もしてしまいましたが、人よりも大きな規模でスタートしたことで、倍の経験と知識を得ることができたと思ってます。このスピードと量でどんどんトライアンドエラーを繰り返し、5年以内に1億円規模の売上高を目指したいです」

この目標は決して不可能ではないと話す谷口さんの眼差しは真剣そのものだ。谷口さんが夢を実現すれば、次の世代の農家に新たな希望を生むことができる。そうすれば、川俣町のアンスリウムがさらに盛り上がる。すべては繋がっているのだという。川俣町に現れた“起業家”が、どんな花を咲かせてくれるのか、これからも注目したい。

(2019/12/10取材)

  • 取材・執筆:高橋直貴
    撮影:小林茂太