INTERVIEW

インタビュー

「漁師はかっこいい」漁師への憧れが、久之浜の漁業を盛り上げる

榊裕美さん

年齢:27歳 
出身地:青森県八戸市
勤務先:NPO法人ワンダーグラウンド、合同会社はまから(2019年4月〜) 
勤務地:久之浜 
勤務期間:2017年5月~

榊裕美(さかき・ひとみ)さんの仕事は、早朝の久之浜から始まる。漁師とともに船に乗り漁へと向かうのだ。親しい人からは出身地の青森にちなんで「りんごちゃん」の愛称で呼ばれている榊さんの「漁師」という存在への出会いと久之浜へ移住してきたこれまでのお話を聞いた。

久之浜との出会い

「宇都宮とか静岡とか群馬とか、そこらへんはみんな東京だと思っていたんですが、全然そんなことなかった(笑)」と話す榊さんは、青森県八戸市出身。当初は関東地方への憧れから埼玉大学へ入学した。

大学ではボランティアサークルに所属し、震災が起きて間もない2011年9月にはボランティアとして初めていわき市・久之浜を訪れた。「大学では、毎年久之浜へ遊びに行ったり、視察をしたりしながら、住民の方々と交流していました」。その後、何度も足を運ぶことになるが、この時はまだ将来働く場所として久之浜を捉えてはいなかった。

漁師との出会い

ある時、大学の授業の一環で、知り合いの職業人へインタビューをすることに。そこで、漁師に話を聞いたことが、現在まで続く「漁師への憧れ」を抱くきっかけとなる。

「祖父が漁師だったこともあり、私は親戚の元遠洋漁師に話を聞きました。それが『アルゼンチンに行って2mくらいの魚つかまえた時は〜』とか、ものすごい壮大なストーリーで!完全に心を掴まれました(笑)」。

しかし、時代の流れとともに漁業が下火になっていったという現実を知り、同時に榊さんの中で問題意識も芽生えた。

「こんなにかっこいい職業なのに、なんで社会では肩身の狭い思いをしなければならないんだろうと思い、卒業論文では漁師をテーマにしました。いつか私も地元の八戸で漁業を盛り上げたいと思うようになって」。

失恋を機に久之浜へ

やりたい仕事は、漁師を通じて地域に携わること。しかし、就職活動では思うような職業を見つけられず、ひとまず埼玉県の企業へ就職することに。そこで久之浜へと住まいを移す転機となる出来事が…。

「当時4年間付き合って同棲していた彼氏がいました。彼が埼玉県出身だったこともあり、ひとまず埼玉の一般企業に就職したのですが、彼が就職したのは神奈川の企業で。その結果、離れての恋愛となり、就職して初めての年に突然振られてしまったんです。そして、彼に別れを告げられた翌朝には、埼玉から久之浜へ行きました(笑)」。

明るく話す榊さんだが、その行動力に驚かされる。でも、なぜ久之浜へ?

「大学時代、ボランティアで久之浜を訪れていた時、交流のあった神社に泊めてもらっていたことがあるんです。神社の息子さんと仲が良くなって、よく恋愛相談をしていました。『もし彼氏と別れたら泣きに来ますから』という話をしていたことを思い出して(笑)。すぐに行きました」。

彼氏との別れを機に「これからは本当にやりたいことをやろう」と久之浜の海を眺めながら心に決めたという。その後、埼玉で働いていた企業には一区切りつけ、ボランティアを通じて出会った人々の助けを借りながら、いわきで住み込みとして働き、8ヶ月の期限付きで次なるステップを模索することに。

「大学も就職も埼玉だったので、違うところで新しいチャレンジしたいと考えた時に、唯一縁があったのが福島でした。久之浜の方に相談したところ、いわきの温泉旅館を紹介してもらい、住み込みで働きながらボランティアを8か月やらせていただきました。旅館の旦那さんからは『午前は旅館で働いてもらうけど、午後はりんごちゃんの好きなことをやっていきな』と言ってもらえて」。

子どもたちの漁業体験を企画

8か月間のお試し移住を終え、その中で、現在、榊さんがスタッフとして働く団体との出会いがあった。アートマネジメントやイベント企画を行うNPO法人ワンダーグラウンドだ。しかし、当時は就職先を探すため、榊さんは埼玉大学大学院へ進学。一時、久之浜を離れた。

しばらくした後、連絡を取り続けていたワンダーグラウンドの職員から『久之浜で地域づくりのプログラムをやるとしたらどんなことが良いだろう』と相談を受け、提案を続けるうちに正式にスタッフとして雇われることに。ワンダーグランドへの参加を機に、大学院は休学し、ふたたび久之浜へと移住した。

「2017年5月に休学して引っ越してきました。その時に住民票の籍もこちらに移したんです。ひとまず1年間はやろうと思って」。

提案では、漁業の町・久之浜の子どもたちが漁業体験をできるイベントを企画。さらに、企画を進めていくうちに、漁船に乗ることに。現地の漁師の協力を仰ぐとともに、漁師という存在への憧れを再認識する。

「知り合いだったいわき市漁協の組合長さんに企画を相談したところ、漁師の遠藤洋介(えんどう・ようすけ)さんを紹介していただきました。それから洋介さんの試験操業の船に乗せてもらい、手伝っているうちに毎週船に乗るようになって。実際に乗ってみて、やっぱりかっこいいですよ。波を切っていく瞬間は、ゾクゾクします(笑)」。

榊さんが企画した地元の子どもたちに漁業体験をしてもらうイベントは大成功したそう。海の生き物とのふれあいを通じて、漁業の町である久之浜を知り、漁師たちの存在を伝える。榊さんが目指す「漁師」と「地域づくり」のふたつが繋がった瞬間だ。

「参加してくれた子どもたちは震災後に生まれた子たちなので、放射線のことなどは全然知らない。そういうことから教えて、実際に船に乗って漁業を体験してもらいます。それをみんなで絵に描いて図鑑にまとめました。去年参加した子たちは、今年も参加してくれました。うれしいですね」。

久之浜で漁業の会社を立ち上げる

榊さんは、久之浜の漁師さんに今後「こうなってほしい」という期待はあるのだろうか?

「最初はすごくありました。他の地域では新しいことをやっていくのに、なんでここではできないんだろうって。でも、一緒に活動していくうちに難しい問題がたくさんあることがわかりました。漁師の力だけではなく、広い視点を持ちながら地道にやるしかないですね」。

当初は1年で埼玉に戻り復学するはずだったが、今はまだ戻れない理由もできた。

「久之浜にいるのは1年のつもりだったけど、『会社を作ろう』と私が漁を手伝っている洋介さんが言ってくれていて。だから、ここで帰るわけにはいかない。法人化したら、これまでの企画を継続したり、魚を売る仕組みをつくったりしていきたいんです」。

もともと夢だった、八戸の漁業を盛り上げることについては?

「もちろん八戸でやりたいとは思っていますが、そこを目指すということは久之浜をいつか離れることになる。そういう態度は町の人に絶対伝わってしまうと思う。今は久之浜でやっていく覚悟です。私がここにいられるなら、いつか八戸と久之浜の架け橋になれたらいいですね」。

見事な行動力とフットワークの軽さから、ひょうひょうとしているように見える榊さん。現在も自らの仕事をこなしつつ、漁を手伝うこともあるそうだが、早朝から漁船に乗るというのは並大抵のことではできない。意志の強さと本当に漁業が好きだという気持ちが、彼女の言葉からひしひしと感じられた。

(2018/12/12取材)

  • 取材・執筆:石川ひろみ
    撮影:小林茂太