INTERVIEW

インタビュー

一度離れたからこそ気づいた地元の魅力。広報で浪江町の希望を伝えたい

及川里美さん

出身地:福島県
勤務先:浪江町役場
勤務期間:2019年〜
年齢:28歳

浪江町役場の企画財政課で広報として働く及川里美(おいかわ・さとみ)さん。浪江町津島地区出身の彼女は、岩手県陸前高田市の温泉宿「玉乃湯」で広報を務めた後にUターン。浪江町の「今」を伝え、明るく希望に溢れた町のイメージをつくっていきたいと、SNSを通じた情報発信に積極的だ。「町を出たことで、やりたいことが明確になった」と話す、彼女の移住ストーリーを伺った。

温泉宿の広報で目覚めた、情報発信の楽しさ

浪江町出身の及川さんは、結婚を機に陸前高田市へ移住。2017年2月から2019年3月までの約2年間、温泉宿「玉乃湯」の広報として働いていた。及川さん自身、また、会社としても初めての広報という役割。県外からもお客さんに来てもらえるようにと、手探りで情報発信の基盤をつくっていった。広報として、電話のみで受け付けていた予約をネット対応可能にし、ブログやSNSでの情報発信を開始。そのほか、近隣のお店へとチラシを配り歩くなど、オンライン、オフラインを問わずアクションを続けながら、改善を重ねていったという。

「遠方からも若い人が訪れてくれたり、近隣の方にも最近玉乃湯がんばってるね、と話題にしてもらえたり。目に見えて結果が出たのは嬉しかったですね。私が頑張るほど売り上げにも貢献するし、地元で話題にもなる。情報発信の仕事が面白いと思った瞬間でした」

一時は距離を置いていた地元と向き合うことを決意

町民が無事に帰って来られるようにとの願いが込められ、浪江町役場に寄贈された「無事カエル像」

震災からしばらくはショックが大きく、浪江町の情報を遠ざけていたという及川さん。しかし、陸前高田市で地元のために奮闘する同世代の人たちと交流を重ねるうちに「今の浪江町と向き合わなければ」との思いが及川さんの中で膨らんでいった。

何か地元に貢献できることはないかと考えていたところ、IT技術を活用した地域課題の解決に取り組むNPO団体「Code for Japan」が、浪江町でインターネット関連の仕事を募集していることを知る。すぐにコンタクトを取ると、「なみえまるみえ」という情報発信サイトのライターとして活動することに決まった。こうして及川さんは、記事を作成するための取材を通して、ふたたび浪江町と向き合うことになる。

「実際に浪江町を取材してみると、町がすごく活気づいていて、イメージしていた町の様子とは、すごくギャップがありました。町の人は明るく生活しているし、お米も生産していることにも驚かされて。夏祭りや秋祭り、『まるしぇ』や『よさこい』など、町で行われているイベントも沢山ある。浪江町で活動をしている方々と話しているうちに、この町に帰ってこようと決意をしました」

県内No1ゆるキャラ「うけどん」が浪江町を盛り上げる

浪江町にUターンをした及川さんは、「なみえまるみえ」のライターを務めた後、浪江町役場の広報として働き始める。ライター時代に感じていた、外部の人が「浪江町の情報を得る手段が少ない」という課題から、浪江町役場の広報ではSNSの運用に力を入れることに。文章だけでは伝えきれないと、YouTubeチャンネル「なみえチャンネル」の運営にも積極的に取り組み始めた。

「浪江町にもともと暮らしていた町民の中には、避難した先での生活が長い方もいます。そうした方に向けて『浪江町の今』にフォーカスした情報を届けていきたいです。例えば、町内に30軒ある飲食店や、新たにオープンしたイオンのこと、これからオープンする道の駅のこと。安全で楽しく、希望がある町ということを伝えていきたいですね」

中でも及川さんが力を入れているのは浪江町の公式イメージアップキャラクター「うけどん」のSNSアカウントだ。鮭、いくらなどこの地域の名産品をモチーフとしたうけどんは、もともと「タブレットの使い方を教えてくれるキャラクター」という役割で誕生した。しかし、それではもったいないと町の公式イメージアップキャラクターに大抜擢。昨年度のゆるキャラグランプリでは福島県内1位、全国でも35位と人気も上々だ。

今後はうけどんが話す浪江町の方言「浪江弁」を伝える企画や町歩きの企画など、より町を身近に感じてもらえるようなコンテンツの制作に力を入れていくという。町の人にとっては当たり前のことも、他の地域の方からは新鮮に映る。そうした外部からの視点を大事にしていきたいと及川さんは話す。

「その土地にとっての『当たり前』は、外から見ると新鮮に映るんですよね。うけどんが話す『じっち、ばっば(おじいちゃん、おばあちゃん)』のような言葉が浪江弁だということも、私自身、町を出たことで初めて気づいたんですよ。そうしたこの町特有のものを観光資源にしていけたらと考えています。役場発信の情報はどうしても堅苦しいものになってしまいがちですが、うけどんの力を借りて、若い人にも楽しんでもらえるようなコンテンツを発信していきたい」

地域の魅力を見つけ出す「ヨソモノ」の視点

現在は浪江町役場の広報として働く及川さんだが、今後は浪江町だけでなく、東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県、宮城県、福島県の東北三県をつなぐ情報発信を行い、大きな視点から地域のPRを実現したいという目標がある。陸前高田市で、三陸沿岸部や各地域の自治体をつなぐツアーが実現していたことを目の当たりにした及川さんは、より広い区域での協力体制をつくることが、地域のPRには必要だと考えている。

「2019年9月に陸前高田市で復興祈念公園がオープンし、今後、浪江町と石巻市の2ヶ所にも設立される計画があります。その3拠点をつないで、広範囲でPRを行っていきたい。情報発信が自治体ごとに分かれているのは、運用する側の事情ではありますよね。各地域の観光名所を訪れるツアーを行っていければ、浪江町から三陸地方の名産品や名所を案内することもできますし、観光に訪れた方にとってもメリットがあると思うんです。情報が集約されていれば、選ぶ側も楽だし、旅行の行程を考えやすい」

一度、浪江町を出たからこそ獲得できた「ヨソモノの視点」。それは、町の外へ地域の情報を魅力的に伝えていくうえでは重要なもの。地元への愛とともに、新たに得た視点を武器にして、及川さんはこれからどんな情報を伝えてくれるのだろうか。SNSを通じて発信されるコンテンツを楽しみながら、その動向を見守っていきたい。

(2019/12/11取材)

  • 取材・執筆:高橋直貴
    撮影:小林茂太