INTERVIEW

インタビュー

本格カレーに国際イベント!? 楢葉町にバングラデシュの風が吹く

ハク・ジアウルさん

年齢:52歳 
出身地:バングラデシュ人民共和国
勤務先:天神岬スポーツ公園内・レストラン岬(2018年10月25日まで) 
勤務地:楢葉町 
勤務期間:2015年〜

町の人たちに「ハクさん」と呼ばれるハク・ジアウルさんはバングラデシュ人だ。日本在住歴は31年なので、日本語はペラペラで冗談もおもしろい。ハクさんは初めて楢葉町に来た日からこの地に惚れ込んでしまい、移住してきたのだという。今では“カレーのハクさん”として、イベントに引っ張りだこの人気者。楢葉町に住むことになったいきさつから、ハクさんが開くイベントへの想いなどについて話を聞いた。

バングラデシュから日本に来て31年

ハクさんが初めて来日したのは1987年のこと。当時バングラデシュの情勢は緊迫していたそうだ。
「最初に日本に来た時は、大学に行く前。国が危険だったから、落ち着くまで海外で過ごそうと思って日本に来ました。しばらくして故郷も落ち着いて、一緒に来た友達はみんな帰国したけど、私は日本が気に入ってしまってそこから31年います(笑)。福島に来る前は東京や千葉で色々な仕事をしていました」。

楢葉町の大自然に心をつかまれる

2015年11月、友人の誘いで初めて楢葉町を訪れた。避難指示が解除された直後で、町にはまだあまり人が戻っていない頃だ。
「こっちに遊びに来ないかと友人に誘われたんです。遠いなと思ったんですが、自然が好きなので行ってみることにしました。楢葉町の何がすごいって、1日歩いても人も車も全然いない。でもイノシシの家族連れやタヌキが通りかかる。あまりの大自然にタイムスリップしたみたいでした。これはお金で買えるものではないですよ。まだ引っ越して来てもいないのに仕事を始めちゃって、休みの日に荷物を取りに帰りました(笑)。最初に日本にハマった時と同じくらい、楢葉町にハマってしまいましたね」。

仕事と家を見つけて始まった楢葉町での生活

楢葉町に人が戻っていないこともあって仕事はすぐに見つかったが、家探しには苦労をしたそうだ。
「天神岬スポーツ公園の中にあるレストランで調理補助の仕事につきました。仕事にも慣れて、今では私が一番古株です。でも家はなかなか見つからなかった。人づてに紹介してもらってやっと1軒見つかったけど、震災から一切手をつけていない家でした。自分で片付けるなら住んでもいいということで1週間かけて掃除をして。でも楢葉に住むならそれをしないとならないですからね」。

楢葉町に移住して来て好きになった場所は?
「山の上から見る木戸ダムや、その手前にある川には赤い橋が架かっていてすごくきれいな場所。それから天神岬から見える太陽。そして高台からは津波で流された場所が見える。津波で流される前に暮らしていた人たちの物語を、目では見えないけど心で感じています」。

自分にできることで町を元気にしたい

画像:西﨑芽衣さんより提供

地元ではハクさんといえばカレーで有名。今ではイベントを開催して楢葉町を盛り上げている。 「もともと料理が好きで、休みの日は必ず料理をします。一緒に仕事をしていた子がカレー好きで、うちに食べに来ていたのがきっかけでみんなにふるまうようになりました。街のために何かしたいと考えるようになって、『ハクさんのカレーナイト』というイベントをやりました。20〜30人は集まったかな。それから川内村や浪江町、『みんなの交流館ならはCANvas』がオープンしてからもやりましたね。イベントがあるたびに『ハクちゃん、カレーお願いします』と声が掛かって、毎週やってほしいと言われるけど仕事もあるので(笑)。イベントのおかげでたくさんの友達ができました」。

今後はカレーイベントのほかに、ハクさんだからこそできるイベントを考えているようだ。
「カレーで楢葉町を盛り上げようと思っていたけど、カレーには壁があるんです。辛いものが苦手な人は食べられないので、子どもやお年寄りは参加しづらい。そうじゃなくて、自分ができることでみんなが盛り上がれることはないかと1年くらい考えていました。やっと頭に浮かんだのは、私は外国人で友達に外国人がたくさんいるから、その人たちを楢葉町に集めて国際イベントをやろうと。いろんな国の人たちが民族衣装を着て、歌ったり踊ったりすればみんな盛り上がれる。楢葉に住んでいる間に、町が元気になるようにできることは少しでもやっていきたいですね」。

もしも自分がハクさんのように、単身バングラデシュの小さな町に移住したらと想像すると、ハクさんのすごさがわかる。その行動力や人としての魅力が、多くの人を惹きつけて町を元気にしていくのだろう。

(2018/9/12取材)

  • 取材・執筆:石川ひろみ
    撮影:出川光