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STORY|新生Jヴィレッジのスタートは、地域活性の始まり

2018年7月28日に再開した「Jヴィレッジ」。サッカーのナショナルトレーニングセンターから生まれ変わり、復興の拠点としてその役目を広げる「新生Jヴィレッジ」になるまでの道のりを、Jヴィレッジが再び動き出した瞬間を見守った猪狩安博(いがり・やすひろ)さんに聞いた。

キックオフと同時に込み上げてきた想い

Jヴィレッジは、1997年7月に日本初となるサッカー・ナショナルトレーニングセンターとして開設。サッカー日本代表選手のトレーニング場、あるいは、さまざまな全国大会の会場として、サッカーファンをはじめ全国的にその存在を知られていた。

しかし、東日本大震災を受け、営業の中断を余儀無くされる。その後、広大な施設は、原子力発電所の事故対応・廃炉業務に携わる人々の中継基地へとその役目を変えた。天然芝のピッチには砂利が敷かれ、駐車場として作業員を現場へと送り出していた。

2013年7月、拠点は原発内へと移り、Jヴィレッジは本来のスポーツ施設として再びその歩みを進めることになる。そんな折、再開に向け着々と準備が進む姿を目の当たりにし、関心を寄せていたのが、猪狩さんだ。当時は、いわきの運送会社で働いていたが、いわき市出身として地元・福島へと募る復興への想い、そして、大学時代までサッカーに取り組んでいた経験が重なる場所が、Jヴィレッジだと考えていた。

「Jヴィレッジがまた再開するというニュースを耳にするようになって、もしかしたら求人募集がかかるかなと思って待っていました」。

ついに職員の募集が始まり、2016年にその願いは叶う。入社後は2018年夏の一部再開を目指し、復興サポーターを募集するなど、営業や広報としてオープンの準備に奔走した。そして、2018年7月28日、その時がやってきた。

猪狩さんは、Jヴィレッジが再び時を刻み始める瞬間を見届けることになる。震災からは、約7年と4カ月が経過していた。

「スタジアムの時計は、震災が起きた2時46分でずっと止まっていたんです」。

当日は、Jヴィレッジスポーツクラブの中学生チームと福島県のU-15選抜チームによる記念試合のキックオフの時刻を、震災発生の午後2時46分に設定。開始10秒前からは、約1000人の参加者全員によるカウントダウンが始まった。数字を重ねるごとに、想いは増していく。思わず涙が頰をつたう。

「福島第一原子力発電所事故の収束拠点として使用されていた施設を再始動させるため、多くの関係者の方にご尽力いただき、この日を迎えることができた感謝の気持ちと、再始動を応援してくださる方々の思いがこの瞬間一気にこみ上げてきました」。

そして、試合開始を知らせる笛がピッチに鳴り響いた。

Jヴィレッジの現在

再開して以降の「新生Jヴィレッジ」は、その役目をさらに広げ、サッカーを中心にアメリカンフットボール、バスケットボールなど、様々なスポーツに励む人々が集う。最近では、企業による大会や地域の高校生の交流戦も行った。

施設の顔となるサッカーのグラウンドには、青々とした天然芝が広がる。取材時には、高校生たちが練習に利用し、元気な声が飛び交っていた。普段の利用者は幅広く、小学生もピッチに立つことがあるという。

「天然芝のピッチは、小学生たちには贅沢かもしれないですね(笑)」

冗談交じりにそう話す猪狩さんは、同時に未来を担う子どもたちにサッカー発展への想いを託す。

「トップアスリートの方々が使えるよう整備しているので、ぜひ子どもたちにも最高のピッチを味わってほしい。夏に来た小学生たちが『また来年も来るね』と言ってくれた時は本当にうれしかったですね」。

他にもホールやミーティングルームは企業の研修や自治体の会議などで利用され、新設された全天候型練習場ではドローンのスクールを開校したり、イベントをしたりと、スポーツ以外でも利用され、新たな価値を見出している。

地域とともに歩むJヴィレッジ

Jヴィレッジはスポーツへの貢献はもちろん、復興の拠点としてその姿を国内外に発信し続ける役目も担っている。

「これからはアスリートの方々にもどんどん利用していただき、その姿を発信して安心や安全を感じ取ってもらえればと思います。2020年のオリンピックに向けて、男女サッカー日本代表がJヴィレッジで合宿を行うことも決まっているので、福島の復興を全世界に発信していきたいですね」。

そして、そのためには、Jヴィレッジが近隣の楢葉町、広野町をはじめとした双葉地域全体を牽引する存在となり、地域と相互に協力していくことが不可欠だ。2019年には地域とともにランニングイベントを開催し、早くも盛り上がりを見せている(イベントは、2019年1月26日開催)。

最後に、地域とともに歩むJヴィレッジの展望を、猪狩さんは語ってくれた。

「Jヴィレッジだけの力では地域活性化をさせることは難しいと思います。だからこそ地元自治体や民間の方々、そして地域の方々と一緒に取り組んで地域活性化を進めていくことが、新生Jヴィレッジの意義だと思っています。そうすることで、双葉地域、ひいては福島に、にぎわいをもたらせたらと思います」。

Jヴィレッジが再開したとニュースは耳にしていたが、それは単なる知らせではなく、血の通った体温のある出来事であると、猪狩さんの言葉を通して感じることができた。熱い想いが、新しいJヴィレッジには力強く息づいている。

(2018/12/10取材)