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浪江町の魅力を移住相談窓口で聞いてきました

今回は、福島県沿岸部(浜通り)に位置する浪江町の移住相談窓口を訪ねてきました。
お話を伺ったのは澁野順子さんと大橋未来さん、県外から移住してきたお二人ならではの視点も交えた、とても興味深いお話を伺うことができました。

(左:大橋未来さん 右:澁野順子さん)

移住相談窓口のお仕事は?

「とにかく、浪江町に興味を持ってもらいたいと思っています。窓口の仕事だけでなく、移住フェアやイベントに出たり、浪江町のことを知ってもらうイベントを企画したりしています。」とおっしゃるのは澁野さん。
イベント後にもここに来てもらって、もっと詳しい話を聞いてもらったり、聞かせてもらったりしているそうです。

大橋さんは、「移住の目的は一人ひとり違うから、その方のお話をよく聞いて、一緒に考えるようにしています。」
たとえば農業体験をしたいという希望があったら、「まず体験させてくれる農家さんを開拓するところから始めることもあります。」
その後は農家さんとの顔合わせをセッティングするなど、移住したい人と地元の人をつなげることにも取り組んでいくとのことで、相談に来た方とは継続して連絡を取っていくことも多いようです。
「『浪江でこういう暮らしをしたい』というイメージが具体的になったら、その実現のためにできることを考えて行動しています。」

移住前に想像していた浪江町

兵庫県から浪江に移住して5年目になる澁野さんは、もともと復興庁で仕事をしていたご主人が浪江に赴任することになったのが、移住のきっかけだそうです。「4年の任期が終わっても、もう少し浪江にいるというんです。だから、私も浪江に移住することにしました。」

ご主人が浪江に赴任した今から9年前の浪江町は、帰還困難区域を除く町内の大部分で避難指示が解除された頃です。澁野さんはそのころの浪江町について、「町には自転車もバイクも人も全くいませんでした。道もガタガタ。駅を降りてもシーンとしていて、駅前の建物は壊されるのを待っているような感じでした。看板はあってもお店は実在しない。駅前は日本一の飲み屋街と言われていたそうですが、とても信じられない光景でした。」

大橋さんが浪江に移住したのは2025年の6月です。
「札幌で務めていた会社が、浪江町に拠点をつくることになったんです。それで浪江という町のことを知りました。社内結婚していた夫が2023年に浪江の拠点に単身赴任することになり、自分も浪江と札幌を行き来しているうち、雪が降らないのが良いなと思って。」

東日本大震災が起きたのは、大橋さんが中2の時。当時、浪江町のことは「ニュースで被害を報じるテロップを見ていて、悲しい町なのかと思っていました。」 会社の拠点がオープンする前にも出張で何度か浪江に来たそうですが、仕事で来ただけでは町の良さは全然わからなかったそうです。しかし、ご主人の家に何度か行くうちに、「人がいる、新しいお店ができるということを知って、移住してみようと決めました。」

浪江町に実際に住んでみたら

大橋さんは、実際に住んでみて「年齢の近い友達も案外沢山いることがわかって、被災地に住んでいるといった感覚はないですね。友達もたくさんできて、明るい町だなと思います。町の人が、ここに来た人や企業を歓迎してくれる文化があるように感じています。」

澁野さんも、浪江に来てから友達がたくさんできたそうです。「新しいコミュニティを作るのは楽しいですね。私は地域食堂と訪問活動をやっていて、そこで輪が広がり、地域を知るすべにもなりました。」浪江の人については、「みんないい人なんです。詮索しすぎず、入りこみすぎず、小ざっぱりしている感じ。いろいろな経験をしてきて、当初はそういう辛い話はしないけれど、親しくなると聞かせてくれる。いい距離感だなって思います。」

浪江は移住者の町だった?

「浪江はもともと移住者の町みたいです。」大橋さんが教えてくれました。
「天明の大飢饉で北陸ではコメが取れなくなった時、相馬ではコメが取れているという歌を聞いた方が浪江に移住したら、浪江の人たちが大歓迎してくれたという話があり、ご高齢の方の中には、曽祖父が移住者という人も多いそうです。震災の時には、こんどは自分たちのことを避難先が受け入れてくれて、そういう経験をした人たちが浪江に帰ってきて、私たち移住者を『よく来てくれたね』と喜んで受け止めてくれているんです。」

そんな地域性もあるのでしょうか、都会から終の棲家にと言って移住を考える人もいらっしゃるそうです。
「お互いの暮らしを尊重しながら気にかけてくれるような交流があるのがすごくいいです。移住を考えている人に、浪江町に来てもらってその良さを実感してもらうのが自分たちの仕事だと思っています。」

窓口や移住フェアに来る人が浪江に求めるものは

「20代と50代から60代の方、相談に来る方には2つの山がある感じですね。若い方は地域おこし協力隊や、地方に住んでオンラインで仕事をするという前提で移住先を探していて、浪江も選択肢という人が多いです。」
また、50代・60代の方は「(早期)リタイアして、これまでの経験を活かして何かに貢献したいとか、農業をやってみたいという方が多いです。」と澁野さん。
その他、雪下ろしがきついのでまだ体が動くうちにどこかに移住したいという方、海がある町、静かな町という条件で浪江を候補にしている方もいらっしゃるそうです。そんな方に「じゃあ浪江にしよう!と思ってもらえるきっかけを探りながらお話をしています。」

これからの浪江町

再開発が進み、F-REI(福島国際研究教育機構・産業競争力や経済成長に貢献する、世界水準の研究開発を行う機関)の建設が進み、新しい町へと生まれ変わりつつある浪江町。
澁野さんは、子どもが増えてきたことが嬉しいそうです。「外を歩いている子どもをよく見かけるようになりましたし、子ども園なども徐々にできてきました。」ただ、高校はまだ浪江町にはなく「隣接する南相馬市に通っているお子さんもいます。学童や放課後の充実はこれからですね。」

大橋さんは、町によって力を入れているところは違うとしたうえで、「浪江は起業・産業の町だと思います。」カジュアルに起業しながら、地域の課題を解決するために頑張っている若い人がこれだけいる地域は他にない、と言う人もいるそうです。
「ビジネス視点で移住を検討している人には刺激のある町だと思います。蹴落としあう・競い合うというより、ポジティブで前向き・仲間のエネルギーをもらいながら自分のエネルギーにしているという感じがします。もちろん、自然も豊かで農業・自然に囲まれた暮らしを望む人にもおすすめです。」

移住の先輩からのメッセージ

(澁野さん)とにかく人がいいです。空が広いです。そこに行ったらあの人がいる、そんな浪江町にぜひ来てください!
(大橋さん)浪江に来てから、私は自分らしくいられている、自分のやりたいことをちゃんと言葉で伝えて受け入れてもらっている、健康なコミュニケーションが取れているんだなぁと思うことが多いです。
みんな前向きだし、『何かしたいことがあったらみんなで叶える』『やりたいことがあったらどんどんやっていってほしい』と言ってくれる人も多い。移住したい、やりたいことをはっきり持っているという人にこそ浪江はおススメだと思っています。
周りの人が、『人を繋ごう、みんながやりたいことを叶えよう』としてくれる良い文化があります。こういうことをやりたいけれど浪江で出来るか不安という人、移住先はどこでもいいけれどこれだけは叶えたいというものを持っている人、そういう人こそ浪江に来て私たちに伝えてくれれば、良い繋がりが作れるように頑張ります!

  • 取材 HOOK編集部  写真・文 本多正幸
    協力 浪江町移住相談窓口/浪江町観光移住課
    (2026年7月取材)