INTERVIEW

インタビュー

会社の宝は「人」。社員一丸で双葉郡の安全を守るコスモさくら警備保障

「社員もその家族も幸せにしてあげたいんです」

コスモさくら警備保障の代表を務める鹿島栄子さんは、力を込めて話します。

警備会社の社長というと男性をイメージしがちですが、鹿島さんは小柄な女性です。ですが、 男性社会の中で誰よりも芯を持ち、愛情を持って会社を支えてきました。

その原動力は冒頭の言葉。社員を守るために会社を発展させたいと突き進んできたといいます。 そんな鹿島さんに、会社の歩みや社員にかける想いを伺いました。

株式会社コスモさくら警備保障

代表取締役 鹿島栄子
常務取締役 山内 笑

幅広い年代がイキイキと働く警備会社

「コスモさくら警備保障」は、福島県双葉郡に拠点を置く警備会社です。

スムーズな進行をサポートする「交通誘導警備」、人々の安全確保や防犯・防災警備にあたる「 施設警備」、各種イベント会場での誘導や交通安全措置を図る「雑踏警備」など、警備全般を 担い、双葉郡の安全を守っています。

キツイと思われがちな警備の仕事ですが、こちらでは20代から80代までの幅広い年代の方が イキイキと働いています。現在、スタッフは120名ほど。その中心にいるのが、 代表の鹿島さんです。男勝りにパワフルに働き、社員を見守るお母さんのような存在です。

1998年創業の「コスモ警備」は、鹿島さんが44歳の時に立ち上げました。

「人と接することが好きなんですよね。一生懸命やっていると『ありがとう』と声をかけてもらえるのがうれしくて、警備の仕事にやりがいを感じたんです」

とはいえ、会社を続けていくには順調に思えたことはないと振り返ります。さまざまな苦労を乗り越え、コツコツと実績を積み上げてきました。

震災を乗り越え守り続けてきたもの

2011年3月、東日本大震災が発生。福島第一原子力発電所から10km圏内の富岡町に 本社を置いていたコスモさくら警備保障は、社員100名全員が避難を余儀なくされました。

震災の翌日は給料日。準備していたお給料は金庫に入ったまま避難となり、社員皆バラバラになってしまったそうです。

現金もなく困っている社員がいることに気が気じゃなく、鹿島さんは一度は避難したものの、近づいて良いのかもわからない状況の中、金庫の中にある給料袋を取りに戻りました。

「夫に運転をお願いして、ひたすら車を走らせ続けました。避難している社員一人ひとりに会いに行き、安否確認をしてお給料を渡せたときはホッとしましたね」

鹿島さん自身も避難所生活を送る被災者のひとりでしたが、震災直後から社員のために奔走し続けました。

4月になると、警備の仕事依頼があり南相馬に戻ります。集まった社員は100人いたうちのたった6人。事務所の一室で寝泊まりをしながら、瓦礫撤去や解体工事の警備を行いました。 その後も思うようにスタッフは集まらず、一時は会社をたたむことも考えたそうです。

「よく女性でここまでやっているよねと言われることがあります。でも、社員だけでなく、 その家族も抱えているわけですから、頑張らないといけないですよね」

経営信念は「人」を尊重すること

鹿島さんにとって社員は家族同様の存在です。どの警備会社にも負けない強みは、「社員が満足 できる環境を整えていること」と話します。

県外や町外の方に向けて社宅を完備し、新しい生活に必要なものの手配までサポートをして います。新築のアパート物件を揃えているので、入社する方には「こんなにキレイなところに 住んでいいんですか!?」と感激されることもあるそうです。

社用車も完備しているほか、福利厚生も充実。未経験の方には研修制度があり、資格取得は 会社が全額補助して働きながらスキルアップすることが可能なのだとか。

「社員一人ひとりを大切にして、その生活も守りたいと常々思っているんです。だからこそ、 よい環境づくりに経費をかけることは惜しみません」と力強く語ります。その原点は、 自分のことを差し置いても、世のため人のために尽くしてきた父親の背中にあるそうです。 父を尊敬し、自分もそうありたいと目指してきました。

驚くのは、職場環境が整っていることだけではありません。面接は全国各地に鹿島さん自ら 会いに行きます。コロナ禍以前は、九州や名古屋などまで足を運んで面接をしてきたそうです。

「今でも鮮明に覚えているのは、名古屋駅で待ち合わせたご夫婦。彼らは、今でも一生懸命 働いてくれていますよ。ありがたいことですよね」と目を細めます。

ここまでするには理由があります。働く社員の心が満たされていなければ、 お客様に喜んでもらうサービスを提供することはできないと鹿島さんは知っているからです。

100年続いていく企業でありたい

「客観的に見ても、手厚いサポートがあって働きやすい職場だと思います。ちょっとやりすぎ なくらいですよね(笑)」と話すのは、娘で常務取締役の山内笑さん。総務全般を担い、 会社の運営において欠かせない存在です。

「今では社長よりも常務の方が慕われているんですよ。すごくいいことだなと思っているんです 」と嬉しそうに話す鹿島さん。会社を設立して25年。これから、孫、ひ孫の代まで100年続く 企業でありたいと展望を教えてくれました。 「社員がいる以上存続していかなければいけない」と話すその眼差しは、 力強く未来を見据えています。

震災時6名になってしまった社員は現在120名になるまで。顧客からの依頼は増え続け、 それでも人手は足りていないそうです。震災後から本社機能を広野町に移して営業を 続けてきましたが、ようやく12年ぶりに本社を富岡町へ移す計画も持ち上がっています。

季節はそろそろクリスマス。「毎年、社員の子どもたちへクリスマスケーキを準備しているんですよ」 と嬉しそうに話す鹿島さんの笑顔は優しさに満ちていました。