INTERVIEW

インタビュー

この場所にもう一度人を集めたい 「山の向こう」の飯舘村に人を呼び込むきっかけをつくる

二瓶麻美さん

出身地 福島県伊達市
勤務先 飯舘村地域おこし協力隊
勤務地 飯舘村
勤務期間 2019年12月~

「山の向こうから」。
飯舘村地域おこし協力隊の二瓶麻美さんが主宰するイベントの名前だ。
飯舘村は、山に囲まれている。どこから来るにも、山を越えなければならない。
そんな「山の向こうから」飯舘村に来る人達を、二瓶さんはとびきりの笑顔で迎える。

移住する気はなかった飯舘村に移住したわけ

二瓶さんは福島県の伊達市出身。飯舘村に移住する前は、夫婦で福島市に暮らしていた。「村に通うようになるまでは、『飯舘村』という名前は知っているけれど行ったことないし、原発事故の影響で大変なんだろうなというイメージでした」と話す。夫の貴大さんが飯舘村に鍛冶屋をオープンしたことで縁ができ、二瓶さんも飯舘村に通うようになったが、その時はまだ移住する考えはなかった。

飯舘村に通い、村の人たちと密に関わるようになってから、二瓶さんの思いに変化が生まれてきたという。「村の人たちは、とても暖かく迎え入れてくれたんです」。村の人々の思いや生活に触れ、その丁寧な暮らしやものづくりへの思いに魅了されるようになった。飯舘村ではその丁寧な暮らしを「までい」という方言で表現し、大切に守ってきた。飯舘村は、居住人口1,476人(全人口は4,985人※2022年2月現在)の小さな村。そんな土地を守ろうとしている人たちに愛着が湧いてくるのは必然だったのかもしれない。

また二瓶さんは、同じ県内出身でありながら、飯舘村で今まで体験したことのない、手つかずの自然の姿を感じたという。「飯舘村では『無音』を感じられるんです」。そして、その静けさにしっくりくる自分に気が付いた。「夫について飯舘村に来ても、私はサポートなので、自由な時間が多かったんです。よく晴れた暖かい春の日、青い広い空に、トンビのつがいがヒューって飛んでいるのを見て、あぁ、なんていい所なんだろう、って思って」。想定していなかったけれど、ここで暮らしていくのもありだなと思った瞬間だった。都会にはない、手の届きそうな星空の美しさや、冬の空に現れる「天使のはしご」にも感動し、飯舘村の自然の魅力に惹かれていった。

親子で楽しめるものづくりのイベントをつくりたい

夫・貴大さんが鍛冶屋「やすらぎ工房」を開いたのは、元・幼稚園だった施設。工房の一部は、二瓶さんがデザインし、自らDIYを行ったギャラリーとなっている。
「この場所に、もう一度子どもたちの声を響かせたいな……」。二瓶さんがそう思ったのは、自身が保育士の資格を持っており、約10年間、幼稚園と保育所で働いていた経験が大きかったのかもしれない。

保育士の数は全国的に不足しているが、飯舘村も例外ではない。二瓶さんが飯舘村に通い始めたころは、「保育士として村で働かないか」という誘いを受けていたという。
長年保育士として働いてきた二瓶さんは、特に核家族や共働きの家庭の、親の余裕のなさや、それに我慢してしまう子どもなど、親子を取り巻く辛い現状を目の当たりにしてきた。そういった中で、自身がやるべきことは、いち保育士として勤務するのではなく、子どもを育てる親を笑顔にすることなのではないかと考えていた。「どこの世界でも、母ちゃん、父ちゃんが笑顔なら子どもも幸せだと思うんです。そういう、親子が一緒に楽しめるイベントをつくりたい、とずっと思っていたんです」。

手つかずの自然が残る飯舘村の、元・幼稚園だったこの場所で、親子で楽しめるものづくりのイベントを開催したい。村の人に相談したところ、地域おこし協力隊という働き方を紹介された。当時の飯舘村の地域起こし協力隊は「フリーミッション型」で、事業計画を立て、その内容が村の求めるものと合致していれば地域おこし協力隊として事業化することができるというものだった。二瓶さんのイベント「山の向こうから」は無事、村から認められ、夫婦で飯舘村に移住した二瓶さんは、2019年12月から飯舘村地域おこし協力隊として働くようになった。

全ては無理でも、少しずつ実現していきたい

「山の向こうから」の会場であり、二瓶夫婦の工房のある、旧・草野幼稚園(「山の向こうから」フェイスブックページより)

活動を始めた二瓶さんは、イベントに参加してもらいたい、県内外のものづくりの団体や作家のもとを、ひとりひとり訪ねた。快く引き受けてくれる人もいれば、飯舘村が原発被災地であることで懸念を示す人もいた。難しさを感じながらも、自身が納得のいくまで出店交渉を続けていった二瓶さん。その中で出会ったキャンドル作家の大槻美友さんは、イベントに出店するだけでなく、二瓶さんの思いに導かれ、飯舘村地域おこし協力隊としてともに活動するようになった。

2020年8月、第1回目となる「山の向こうから」を開催した二瓶さん。居住人口が1500人に満たない飯舘村に、約500人が来場した。二瓶さんがこだわった出店者の魅力や飯舘村の自然のロケーションなど、口コミでイベントの様子が伝わり、2回目、3回目は更に来場者が増え、外から訪れる人たちだけでなく、イベントを知った村の人たちも少しづつだが参加してくれるようになった。「外の人たちが飯舘村に来るきっかけになると同時に、村の人たちにも理解してもらうことが必要です。来場者が増えることで、出店者も村の人たちもイベントを認めてくれるようになって来ていると感じています」。

「親子で楽しむ」ために、イベント「山の向こうから」では、託児所を用意している。
親はイベントの間は子どもと離れてイベントに参加することもでき、子どもは親が見えるところで、子ども同士楽しむことができる。そしてものづくりは、親子一緒に楽しむこともできる。イベントの間だけでも、親と子と、お互いに余裕をもって楽しめたら、というのが二瓶さんの願いだ。「はじめから全部は出来ないので、少しずつですが、託児所付きという部分は非常に評判がいいです。そういった、親にも子にもやさしいイベントを行う場所として、飯舘村にまた遊びに来たい、更に住んでみたいと思ってもらえたらうれしいですね」と笑顔を見せた。

飯舘村で起きていることは、今後全国で起きていくこと だから活動を続ける

二瓶さんが飯舘村に来て感じたことの1つが、「村に子どもの声があまり聞こえない」ことだった。飯舘村を含むふくしま12市町村※の小・中学校のほとんどは、スクールバス登校のため、学校を行き帰りする子どもを村内で見かけることが少ない。

これは、東京電力福島第一原発事故による全村避難で、急激に人口が減ってしまい、学校が統廃合され遠距離になってしまったことや、町村内に復旧工事の車両が多く走っていて危険であることなどに由来しているが、原発事故による原因を除けば、どこの過疎地域でも遅かれ早かれ、同じことが起こっていくと、二瓶さんは感じている。
「この村では原発事故の影響で一気に子どもが減ってしまったけれど、今後どこでも、同じようなことが起こっていく。それをこの村では先取りしてしまっているだけなんです。飯舘村に暮らしているからこそ感じる課題を、活動に生かしていきたいと思っています」。

その1つが、「山の向こうから」を継続していくことだ。親と子どもたちの笑い声が聞こえる場所をつくり続けていくことは、この村では大きな意味を持つ。「『親子』と『ものづくり』をつなげたイベントは、協力隊になる前からやりたいと思っていたことなので、5年、10年と続けていきたいと思っています」と二瓶さんはまっすぐに前を見た。

イベントを通じて(外から)飯舘村に人を呼び込んでいる二瓶さんだが、イベント参加から協力隊になった大槻さんのように「次の協力隊候補」、つまり移住者を呼び込むことにも積極的だ。
「飯舘村は、協力隊の活動に役場がとても協力的なんです。協力隊のやりたいことを最大限かなえるように調整してくれて、『なんでみんな飯舘村に来ないのかな?』と思うくらいです。何かやりたい、こんなことができたらなという思いがある人には大きなチャンスがあると思うので、今は、そういう人と村をつなげることにもチャレンジしています」とうれしそうに話した。

2022年2月現在、飯舘村の地域おこし協力隊は、二瓶さんを入れて4人。すでに移住者の先輩がいることは、新たに移住する人にとって安心材料のひとつになる。「飯舘村は、元々開拓者の村なので、外から来る人を受け入れてくれる風土があります。これからの飯舘村は、更に面白くなっていくと思いますよ」と、二瓶さんはとびきりの笑顔を見せてくれた。


※ふくしま12市町村 東京電力福島第一原発事故で避難を経験した、田村市・南相馬市・広野町・楢葉町・富岡町・大熊町・双葉町・浪江町・川内村・葛尾村・飯舘村・川俣町のこと