INTERVIEW

インタビュー

被災した「宏昇製作所」が楢葉町に新工場を再建。オリジナル家具で描く未来とは

福島県浜通りのほぼ中央に位置し、サッカーの聖地と言われる「Jヴィレッジ」や太平洋が一望できる「天神岬スポーツ公園」があり、温暖な気候で豊かな自然のある楢葉町。ここに約5000坪の敷地を持ち、オリジナル家具の製作をしているのが「株式会社宏昇製作所」です。

宏昇製作所では、オフィス家具の受注製作からオール福島素材で作るオリジナル家具まで、ライフスタイルに合わせたさまざまな家具を製作しています。

家具職人というと、職業訓練校や専門学校卒であることを求める会社が多い中、宏昇製作所では熱意さえあれば未経験からでも採用しています。そのため、若い従業員でもチャレンジしやすく、アイデアを形にしやすい環境があるようです。

株式会社 宏昇製作所

代表取締役社長 斎藤修弘さん
木工部 亀田昌哉さん

いつか必ず福島へ戻りたい

「株式会社宏昇製作所」の創業は1961年。渋谷区千駄ヶ谷に本社を構え、生まれ故郷で生産拡大をするため、1990年に楢葉町に生産拠点を移転。オフィス家具を中心に製作し、信頼を積み重ねてきました。

しかし、2011年に起きた東日本大震災により工場の生産はストップ。福島第一原子力発電所の事故により、楢葉町は全町避難を余儀なくされました。

自宅が楢葉町にあり、福島工場に勤務していた斉藤社長は当時をこう振り返ります。

「あのときは無我夢中でした。町を離れて避難しなければいけないけど、生産を待ってくれているお客さまがいるので立ち止まるわけにはいきません。とにかく早く製造を開始しなければと、再開できる場所をすぐに探しはじめました」

震災から2ヶ月後。埼玉県さいたま市に家具を製造できる広さの工場を見つけ、数名のスタッフと共になんとか製造を再開させました。しかし、斎藤さんは「いつか福島へ戻りたい」という気持ちを抱き続けてきたそうです。2015年9月、楢葉町は全ての地域で避難指示が解除となり、宏昇製作所は2019年3月に移転。念願の福島工場を再開させました。

「30年も楢葉町に住んでいましたし、やはり故郷へ帰りたいという気持ちはなくなりませんでした。楢葉町は気候がよく食べ物もおいしくて、住みやすいと感じています。広大な土地に工場と倉庫が持てるので、家具を一元的に管理できる体制ができることも魅力的でした」

楢葉町にある宏昇製作所のオフィス兼工場

独自性・デザイン性の追求

福島工場の再開にあたって斎藤さんは、自社ブランドを強固なものにしようと考えました。そこで、今まで製作したものから一新し、スタイリッシュでデザイン性の高い家具の製造・販売を行っています。

「これまではオフィス家具の受注製造を主に行ってきましたが、待っているだけでは時代の変化に取り残されてしまいます。そこで、オリジナルの家具をつくることにしました。私たちだからこそ作れる価値あるものを提供したいと考え、『オール福島』の家具も製作しています。現在、県産の杉、布地には会津木綿、塗装は漆塗りにするなど、すべて福島県産のもので製作する家具を開発中です」

製作中の福島県産杉を使ったUBUSUNAシリーズ

さらに、斉藤さんは常に時代の先を見てものづくりを行っています。

「福島の魅力を発信することもここへ戻ってきた理由の1つですし、特色あるものを作っていくことも、生き残るうえで大切だと感じています。自社ブランドを強固なものにし、今後は販売にも力を入れて世界を視野に入れながら家具製作を追求していきます 」

現在、福島工場には15名のスタッフが働いています。「家具職人になりたいと志して入社してくれた若手社員が多いんですよ」と斉藤さん。震災前から勤めるベテラン勢が技術を底支えして若手を育てているため、チャレンジしやすい環境があるようです。

SEから家具職人へ転職

そんな宏昇製作所では、一緒にはたらく社員を募集しています。

家具職人を目指して入社したという亀田昌哉さんにお話を伺いました。前職はシステムエンジニアだったという亀田さん。入社のきっかけはあったのでしょうか。

「システムエンジニアとして働きながら、休みの日には趣味で電動糸ノコギリの教室に通っていました。子どもの頃からものづくりが好きだったこともあって、趣味を続けるうちに木工職人になりたいという気持ちが大きくなっていったんです。年齢が28歳に差し掛かったころ、新しいことにチャレンジするなら今しかないと思い、意を決して転職活動をはじめました」

とはいえ、未経験者を採用してくれる会社はなかなか見つかりませんでした。そんなとき、ネットで求人を見つけたのが宏昇製作所でした。

「面接場所は埼玉工場だったのですが、社長からは『今後、福島へ移転することになりますが、大丈夫ですか?』と聞かれました。僕は場所にはこだわりがなかったし、何より家具職人になりたいという気持ちが強かったので『やらせてください』とお願いしました。未経験から雇ってくれるところがないなか、本当にありがたかったです」

現在は入社から5年が経ち、木材加工の技術をひと通り身につけ会社の中心的な存在です。

「普段の仕事としては、基本的にはデザイナーさんが図面に起こしたものを元に、木材で加工して家具を作っています。木材のどの部分を使うか自分たちで考え、切り出して組み立てていくのですが、形のないところから作り上げていく作業はすごくやりがいがありますね。いつか自分でデザインした椅子を作るのが目標です」

風通しのよい職場環境

亀田さんは移住する際、いわき市で住まいを探し、現在は車で40分かけて通勤する生活を送っています。

「自然豊かな環境で生活でき、東京への利便性や生活の勝手の良い、いわき市で物件を探しました。地方暮らしは不便になることも覚悟していたのですが、東京へも行きやすく、買い物もしやすいので想像していたよりも快適に暮らしています」

移住するに当たり、当初は、住む場所よりも仕事を優先に考えていた亀田さんですが、プライベートの変化にあわせて考え方にも変化があったそうです。

「現在は結婚をしてこどもが2人います。独身時代は移住しても特に問題はなかったのですが、妻の実家も遠方にあるため、頼れる存在が近くにいない中での子育てはやはり大変だし、不安にもなります。家族の体調不良や子どもの健診時には仕事を休まなければいけないこともあり、その都度相談させてもらいながらやりくりをしています。幸い社長も同僚も話を聞いてくれますし、サポートしてもらえる環境がありがたいです」

休日は海や山など、自然豊かな環境で子どもと遊ぶことがリフレッシュにもなっていると話す、亀田さん。頼れる存在がいない中、会社でのコミュニケーションやサポートにも助けられていると言います。

宏昇製作所の強みは、木材を加工する職人、布張りをする職人、塗装職人がそれぞれの部門にいて一元的なものづくりができること、また、若い人が多く風通しのよい職場環境だと亀田さんはいいます。

「前職では上司の顔色を気にして言いたいことが言えないという経験をしてきたので、話を聞き入れてもらえる環境はやりがいがありますし、自分の発言に責任を持って仕事に向き合えています。未経験から家具職人になることは不安もありましたが、あの時チャレンジしてよかったです。宏昇製作所はベテランの職人がいて教える体制が整っているので、必要なのは熱意だけです。もし、家具作りを仕事にしたいと思っている方がいたらぜひ挑戦してほしいです」