INTERVIEW

インタビュー

世界で通用するワインを。ワイン醸造家・細川順一郎さ んが「とみおかワイナリー」に感じた情熱と可能性(前 編)

とみおかワイナリー

細川順一郎さん

福島県と言えば、日本酒。全国新酒鑑評会でも日本一の金賞受賞数を誇るなど、その名は広 く知れ渡っています。しかし、福島で「ワイン」と聞いてピンとくる人は、まだそれほど多 くないかもしれません。

実は今、そんなワイン未開の地・福島で、前例のない挑戦が始まっています。 原発事故で全町民避難となった5年後の2016年、無人の町で最初の醸造用の苗の植え付 けが始まり、2025年5月にグランドオープンを迎えた『とみおかワイナリー』。その名の通 り、富岡町に誕生したこの施設には、醸造所だけでなく、地元の旬を味わえるレストランや ギフトショップが併設され、訪れた人が富岡のテロワール(風土)を五感で楽しめる場とな っています。

今回お話を伺ったのは、栽培・醸造マネージャーを務める細川順一郎さん。東日本大震災に よって一度は時が止まった町で、「土」から作り上げるワインへの想いと、その先に描く 100年後の未来について語っていただきました。

海の見える圃場で、ワインをつくる

もともと山梨県のワイナリーで腕を磨いていた細川さん。2021年8月の退職後は、フリーラ ンスとして山梨県内でワイナリーを立ち上げるべく、独立の準備を進めていました。 しかし、人生の転機は思わぬところからやってきます。

「独立しようと決めたタイミングで、偶然友人から『福島でワイナリーを本格始動させるた めに、動ける人を探している』という話が舞い込んできたんです。実はその時、たまたま会 津を訪れる予定がありまして。せっかくならと予定を一日延ばして立ち寄ったのが、富岡町 との出会いです。」

初めて訪れた富岡町の小浜圃場。そこは、目の前に海が広がる場所でした。 「まずここでワイン造りをやろうとしている、その決意がすごいなと思いました。加えて、 代表・遠藤の本気度が半端ではなかった。風評被害や批判を恐れず、『この地で最高のもの をつくることで地域を元気づけたい』という本気度が半端ではなかったんです。気づけば『 何かしらお手伝いしたい』と答えていました」

そこから数ヵ月、細川さんは山梨から富岡町へ何度も通い、栽培のアドバイスを重ねていき ました。足を運ぶうちに、細川さんは富岡でのワイン造りの可能性に気づいていったと言い ます。

「富岡町は一年を通して寒暖差が穏やかで、四季がはっきりしています。夏の涼しさには驚 きましたね。これはワインにとっては決してネガティブな条件ではない、むしろ面白いもの ができるのではないか、と感じました」

山を背負い、目の前に太平洋が広がる富岡の景色も、細川さんの背中を押しました。地元で ある静岡県浜松市に似ていたのです。

「久しぶりに海のある景色を見て、どこか懐かしさを感じたのも大きかったのかもしれませ んね」

2022年1月、細川さんは家族の快諾のもと、地域おこし協力隊制度を活用して富岡町へ移住 。とみおかワイナリーの一員としての歩みをスタートさせました。

故郷を守るために、100年続く文化をつくる

とみおかワイナリーが誕生した背景には、町の人たちの切実な願いがあります。 ワイナリーの前身である『一般社団法人とみおかワインドメーヌ』は、2016年に代表・遠 藤秀文さんを含めた町民有志10名によって立ち上がりました。

震災と原発事故、それに伴う全町避難。人々の暮らしや築かれてきた産業も一瞬のうちに奪 われてしまいました。避難指示解除後も戻ってくる住民は限られているという現実のなか 、「このままでは故郷が消えてしまうかもしれない」という危機感が、活動の出発点となり ました。

彼らが選んだのは、一時的な復興ではなく、その土地に根ざし、何世代も続いていく「文化 」としてのワインづくりでした。地元食材との調和(マリアージュ)を楽しみ、何度でも訪 れたくなる豊かな自然風土(テロワール)をつくる。その拠点としてワイナリーを構想した のです。

設立当初は、テニスコート3面分ほどの6アールから始まったブドウ栽培。現在では、東京 ドームより一回り大きい6.5ヘクタールの圃場へと拡大しました。栽培品種はシャルドネや ソーヴィニヨン・ブラン、メルローを中心とし、約1万6,000本のブドウの木が潮風を浴び ながら育てられています。

「客土」という環境で、テロワールへ挑む

津波と放射能という二重の被害を受けた富岡の駅前にぶどう畑を造ったのは、震災後に荒廃 していく駅前をワイン用ぶどう畑という新しい景色に塗り替えていきたかったから。そのた めには、津波で被災した駅前の土壌づくりに大きな課題が残っていました。

「津波・原発事故で被災した海沿いの圃場は、一度全ての土を剥がしてしまっていたため、 ブドウを定植するための表土を必要としていました。そのために、この土地でブドウ栽培を するには、よそから土を持ってくる必要がありました」

「現在の6.5ヘクタールの圃場の9割は『客土(きゃくど)』と言って、別の場所から持って きた土なんです。ただ、どこからの土でも良い訳ではありません。代表の遠藤は、富岡と同 じ阿武隈山系からの客土に強くこだわっていました。そんな時に、ワイン造りに適した水は けのよい非常に砂の強い川砂が、富岡町から35kmほど離れたいわき市の夏井川付近にあるこ とが分かって、そこから運んできました。町や県などの行政の力も借りて、3年ほどかけて つくりあげたんです」

ブドウの木に適した土を調達できたいっぽうで、ワインづくりには別の課題も残ると言いま す。

「ワインには『テロワール』という考え方があります。気候や土壌、地形、そしてそこに関 わる人といった環境すべてがワインの個性を生むという思想です。しかし私たちのワイン造 りは、同じオリジンを持つ土壌とはいえ土が元々の富岡のものではないので、伝統的なテロ ワールの定義とは少し異なっているわけです」

しかし、細川さんはこの一見すると不利に見える点も、あえてポジティブに捉えたいと語り ます。

「これまで世界のどの国の誰もが経験しえなかった『被災地』であり『客土』という環境。 ここで同じ母岩からの土壌をベースに一からテロワールを再構築することこそが、とみおか ワイナリーが世界に通用し得る、唯一無二の強みになるのではないかと思っています」

伝統的なテロワールとは異なるアプローチで、未来へ継がれる新しいワインをつくる。一見 すると気の遠くなるような挑戦ですが、細川さんの目には「無限の可能性」として映ってい るのです。

(後編へ続く)

  • 取材日:2025年11月
    取材、執筆:奥村サヤ 佐藤美郷
    写真、コーディネート:中村幸稚