INTERVIEW
インタビュー

町への想いなんて1ミリもなかった横須賀直生さんが、楢葉町で「liebe table」をオープンするまで(前編)
liebe table(リーベテーブル)
代表 横須賀直生さん
「楢葉に人が訪れる流れを生み、豊かな未来を子どもたちにつなぎたいんです」
こう話す横須賀直生(よこすか・なお)さんは、楢葉町で親しまれてきたケーキ店「おかしなお菓子屋さんLiebe」を閉じ、町に新しい魅力を生み出そうと、2025年10月にカフェレストラン「liebe table(リーベテーブル)」をオープンしました。
取材に訪れたこの日は、プレオープンを5日後に控えた準備の真っ最中。「間に合わないかもしれません〜」と笑いながらも、明るく動き回る彼女の姿はとにかくパワフルです。
直生さんにとって、ケーキ屋からカフェレストランへの転換は、第2章のはじまり。彼女がこれまで歩んできた道のり、そして新たな場所に込めた想いを聞きました。
香りでつなぐ、楢葉町の記憶
福島県楢葉町。 浜通りを南北に貫く国道6号から脇道を入り、少し奥まった場所にある空き倉庫に、「liebe table(リーベテーブル)」はあります。
店に入ると、開放的でスタイリッシュな空間が広がります。店ではランチやディナーでイタリアンを提供するほか、ケーキの販売も行っています。 料理は、長年料理人として腕を磨いてきた夫・嘉秋さん、ケーキは直生さんが担当します。
メニューには、ハーブを使った香り豊かな料理が並び、町産ローズマリーを練り込んだフォカッチャが焼き上がると、香ばしい香りがふわりと店内に広がります。
さらに、楢葉町特産の柚子を使ったドリンクや、福島県川内村の「naturadistill川内村蒸溜所」が手がけるクラフトジンなど、地元の素材を生かしたローカルドリンクも楽しめるのがこの店ならでは。今後は、柚子の香りのバームやアロマスプレーを展開する「ナラロマ」の商品も店内に並ぶ予定です。
「お店のコンセプトは、ボタニカルです。震災前、楢葉は柚子の町で、香りがあふれていたんです。どの家庭にも柚子の木があって、冬になると家族みんなで取って、お風呂に浮かべて楽しむ文化がありました。そんな柚子が香る暮らしをもう一度取り戻したくて。将来的には、楢葉から柚子の香りを世界に届けられるような展開もしていきたいと考えています」
パティシエを志して、人生が動いた
こう話す直生さんは、楢葉のまちづくりに真剣に向き合うひとり。
「100年続く伝統的な祭りをみんなでつくりたい」という想いから立ち上がった「ならは百年祭」では実行委員長を務め、地域活動や子どものPTA活動にも熱心に取り組んでいます。
「けど、高校の頃までは町への想いなんて1ミリもありませんでした!卒業したその日に制服は捨てて、『やっと上京できるー』って感じでした(笑)」
楢葉町で生まれ育った直生さんは、高校を卒業後、パティシエを目指して上京。製菓専門学校へ進学し、洋菓子の世界に飛び込みました。
「さぞ、昔からお菓子作りが好きだったのだろう」と思って尋ねると、意外な答えが返ってきます。
「高校を卒業するまで、クッキーすらまともに焼いたことがありませんでした!中学のとき、『パティシエになりたい』と言った同級生がいて、『そんな選択肢があるんだ!』って驚いたんですよね。母には『手に職をつけなさい』と口酸っぱく言われていたから、私の中での進路は、美容師、料理人、パティシエの3択。美容師は母と同じだから嫌で、料理人は好き嫌いが多いから無理。『お菓子ならワンチャンいけるんじゃね!?』って(笑)」
この選択が直生さんの人生を大きく動かすことになります。
それまでは人づきあいが苦手で、どこか周囲との距離を感じていたという直生さん。そんな彼女にとって、同じ夢を追う仲間が集まる専門学校は心から居心地のいい場所でした。卒業後は神奈川県の菓子店に就職し、製造や販売の現場で4年間の修業を積みます。
その後、「海外で生活してみたい」とワーキングホリデー制度を利用してドイツへ。この経験は、直生さんの価値観を大きく変えてくれました。
ドイツの語学学校に通った直生さんは、インド、韓国、オーストラリアなどさまざまな国籍の友人たちと交流することで、多様な価値観に出会いました。
「それまでの私は、まわりの目を気にしてばかりでした。でも色々な人の考えに触れるうちに『他人を気にしなくていい。自分がどう生きたいかが大事なんだ』って思えるようになったんです。『失敗してもいいんだ』と気楽に構えることで、やってみたいと思ったことにはとりあえず挑戦してみようと思えるようになりました」
子育てをきっかけに気づいた、ふるさとの良さ
帰国後、26歳で結婚。茨城県水戸市に移り住み、ホテルにパティシエとして勤務しながら、28歳で第一子、翌年に第二子を出産しました。
しかし、見知らぬ土地で、頼れる人もいない子育ては、想像以上に孤独でした。育休中には「このままキャリアが止まってしまうのでは」という不安や焦りが募ります。ワンオペでの育児は心身ともに限界で、職場復帰が近づくにつれ「両立できるのだろうか……」と恐怖を感じるようになったといいます。
ある日、帰省で楢葉町を訪れたときのこと。避難指示が解除されて2年が経った町では、役場やまちづくり会社で働く同級生たちが、一から企画した夏祭りを開いていました。
「その姿がすごくいきいきとしていて、楢葉っていい町だなってはじめて感じたんです」
それは、自分が生まれ育った町を改めて見つめ直すきっかけにもなりました。
「子どもを産んだことで、それまで気にしていなかった『地域』というものに意識を向けるようになりました。水戸は公園も多く、子育て支援もとても充実しているんです。でも、私自身が馴染めなくて。子育てコミュニティにも入れず、同じアパートの住人の顔さえわからない。保育園に空きがなくて職場復帰も思うようにできず、常にモヤモヤを抱えていました」
水戸での生活を続けながら、仕事と子育てを両立させることに限界を感じた直生さんの頭に浮かんだのは、「地元に戻る」という選択でした。
それから約1年半、夫と何度も話し合いを重ねて出した結論は「だめだったら、またやり直せばいい!」という前向きな覚悟。2019年3月、家族そろって楢葉町へUターンしました。
「こうあるべき」を手放し、私らしく仕事も子育ても
楢葉町に戻った直生さんは、家族との時間を大事にしながら、自分のキャリアも閉ざさずに働き続けるために、“店を持つ”という新しい一歩を踏み出します。
2020年5月、「おかしなお菓子屋さん Liebe(リーベ)」をオープン。当初はお菓子教室をする予定でしたが、新型コロナウイルスの影響で計画を変更し、焼菓子店としてスタートしました。
しかも、そのとき直生さんは第三子を妊娠中。出産後は1カ月間休養し、復帰後はベビーベッドを傍らに置いて週3日のペースで営業しました。こうして「好きな仕事」と「子育て」の両立を叶えられたのは、自分のライフスタイルをあえて伝えることで、周囲の理解を得られたからだと直生さんは言います。
「リーベのお客さんは、私のライフスタイルを知ったうえで、受け入れてくれる方ばかりなんです。肩肘張らずに続けたかったから、子どもの体調不良で臨時休業することもあるし、慣らし保育の時期は午前中だけの営業にすることもあります。そんな状況でもお店を続けてこられたのは、『それでもいいよ』と言ってくれるお客さんたちがいたからです」
自分のための挑戦から、スタッフと共に育てる経営へ
直生さんは「失敗してもいい」と、しなやかに挑戦をすることで自分の可能性を広げてきました。そんな彼女の意識に変化が生まれたのは、スタッフを雇ったことがきっかけです。
オープンから1年ほど経ったある日。お客さんでもあり、パティシエの修行中でもあった一人の女性が「リーベで働かせてもらえませんか?」と尋ねてきました。
人を雇うということは、人件費を支払うだけではなく、誰かの人生を預かるということ。
これまで自分のペースで気ままにやってきた直生さんにとって、それは大きな決断でした。
「彼女を採用するときに腹をくくりましたね。今までは、自分の人生だから、失敗してもいいやと思ってきたけど、もう一歩ステップアップして『お給料を払い続けることにチャレンジしてみよう』って。あのとき初めて経営者になるという意識が芽生えた気がします」
売り上げの柱をつくるため、店にショーケースを導入し、生菓子の販売を開始。スタッフを迎え入れたことで、直生さんの中に覚悟が生まれました。
「女性が自分の人生も大切にしながら働ける場所にしていきたい」
その想いが、彼女を次のステージへ向かわせました。
-
取材日:2025年10月
取材、執筆:奥村サヤ
写真、コーディネート:中村幸稚
-
liebe table
https://www.instagram.com/liebe_table10/?hl=ja

