INTERVIEW
インタビュー
地道なことの積み重ね。公認会計士からトマト菜園の農場長へ転身
杉中貴さん
南相馬市原町区の「南相馬トマト菜園」では、1.5haの温室で、70人の従業員が宝石玉のようなトマトをつくりだす。そこで農場長を務める杉中貴さんは、かつて関西で公認会計士として活躍していた過去を持っているのだという。なぜ縁もゆかりもない土地で、異業種に挑戦することになったのだろうか?
公認会計士として働いていた
「福島県に来る前は、あずさ監査法人大阪事務所で、会計監査やコンサルティング業務に携わっていました。東日本大震災があり、復興の役に立ちたいとは思いましたが、日々の忙しさから何もできずにいたんです。3年後、今だからこそ自分たちにできることはないかと考え、社内の有志で週末に福島県へ足を運びました」
転機は「あすびと福島」の代表・半谷さんの言葉
そんななかで大きな転機があった。福島の復興を担う人材を育成する、「あすびと福島」の代表理事・半谷栄寿さんとの出会いだ。半谷さんが立ち上げた「あすびと福島」と「南相馬トマト菜園」の可能性を強く感じた杉中さんは、出向という形で南相馬市に移住することとなる。
「今の上司である半谷と初めて会った時、『あすびと福島』の志や事業、そこに賭ける熱い想いを聞きました。また、私が働いている『南相馬トマト菜園』は、福島の農業復興のため、農業経営人材を育成・輩出する場として、半谷が立ち上げたんです」。
「当時は菜園の建設前で、半谷は立ち上げの想いを熱く語っていて、魅力的なプロジェクトを同時並行的に立ち上げて進めており、エネルギッシュで実行力のある人だと感じました。『復興の一番の課題は人材不足。だからこそ、現地にどっぷり入って地道なことからやっていく人がいることが、復興を後押しする大きな力になる』という言葉に強く共感し、その選択肢もあると考えたんです。私は、早速当時の上司に相談し、ありがたいことに、『あずさ監査法人の組織として、東北復興により深くコミットすることに意味がある』と理解ある上司の後押しをいただき、前例のなかった出向制度をつくっていただきました」
2年の出向を経て、トマト菜園の農場長に
「出向から1年半ほど経った頃、半谷から『このまま南相馬でがんばらないか?』と言ってもらい、それから半年悩みました」
もとの仕事と出向先の仕事。どちらもやりがいがあり、答えが出せない日々を送っていたという杉中さん。
「2年の出向期間では納得できる結果を出せていませんでした。一方で、多くの方々のおかげで出向させてもらっていながら、そのまま会社を辞めたら不義理だという葛藤があり…。最後は勢いとも言えますが、トマト菜園での仕事にもう一歩踏み込んで未知数なことに自身を賭けてやり切りたいと、転籍を希望しました。ここでも大変ありがたいことに、あずさ監査法人の上司の方々は、私の希望を快く受け入れていただきました。とても感謝しています」
南相馬トマト菜園で農場長に就任する前から、怒涛の日々が続いていた。
「出向2年目はトマト菜園の初年度。ずっとバタバタしていて、明日どうなるかもわからない状況でした。日々のトマトの出荷量や繁忙期のタイミング、それを乗り切るためのパートスタッフさんの人数、そのための採用活動など、ひたすらシミュレーションと実践を繰り返しました。その時は、今まで培ってきたコンサルティングの経験が活きたと思います。栽培に関してはもちろん初心者だったので、出荷先であり、トマトのプロであるカゴメさんに学ばさせてもらっています。農場長になってからも、試行錯誤と勉強の日々です」
真っ白なスポンジ状態で新しいことに挑戦する
画像:「南相馬トマト菜園」より提供
どんな人が福島での仕事に向いているのだろうか?
「福島に限らず、新しい場で挑戦するなら、今までの経験や仕事は一度傍に置いて、真っ白なスポンジの状態で物事に取り組むことが大切だと感じます。乾いた真っ白なスポンジほど新しい水を吸収し、何色にもなり得ます。経験を積んでいるほど色がつき、『一度傍に置く』ということは難しくなりますが、心の持ちようだと思います」
「私たちの菜園は、農業未経験者がほとんどですが、頼りになる人たちばかりです。今年で南相馬トマト菜園は3年目を迎えます。地道なことを積み上げた先にしか未来は見えてこない。目の前の仕事をしっかり積み重ね、菜園として、全員でステップアップしていきたいですね」
画像:「南相馬トマト菜園」より提供
安定したそれまでの職を捨て、南相馬市に飛び込んできた杉中さん。未経験、未知数だからこそ目の前の仕事に夢中になれるのかもしれない。たくさんの人たちとともに、毎日汗だくになりながらトマトと格闘しているという杉中さんはとても輝いていた。
(2018/7/3取材)
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取材・執筆:石川ひろみ
撮影:出川光