INTERVIEW
インタビュー
いわき湯本温泉街のゲストハウスから 「縁」のバトンをつないでいく
三上 健士さん
いわき湯本温泉街にある「ゲストハウス &キッチン Hace(ハセ)」。夕暮れ時、あたたかな明かりがお店に灯ると、自然と人が集まり賑やかな声に包まれた。
和テイストを取り入れた店内は、1階はダイニングバー、2階は宿泊できるゲストハウスになっていて、県外から訪れた旅行者と地元の人が交流できる場となっている。
この店のオーナー・三上健士さんは、バックパッカーとして世界中を旅した経験の持ち主。2015年にいわき市に移り住み、築60年の元タクシー会社をセルフリノベーションしてゲストハウスをオープンさせた。
三上さんは、どのようにしていわきへたどり着き、ゲストハウスをオープンするまでに至ったのか?ここに来るまでの道のりや想いを伺った。
「いつか」を「今」に。バックパッカーで世界へ
福井県越前町出身。祖父は蟹漁師、港町で育った三上さんの側にはいつも海があった。父の転勤で埼玉県に引っ越したあとも、GWや夏休みには福井に帰省して過ごすのが楽しみな子供時代を過ごしたという。
そんな三上さんが海外に興味を持ったのは中学2年生のとき。受講していた通信教育でホームステイプログラムの募集を見つけ「行ってみたい!」と親にお願いをしたことがはじまりだ。
アメリカでの2週間のホームステイ。得意だと思っていた英語はまったく通じず、見るものすべてが大きいこと、生のにんじんが食卓に並ぶこと、たくさんのカルチャーショックを受けた。
中でも、同年代の子たちが自分にどんどん話しかけてきてくれることに驚いた。
「日本だと、外国人を見かけたら身構えたり、距離を置いたりしちゃうじゃないですか。アメリカでは逆で、こちらが英語を喋れなくても関係なく話しかけてきてくれるんです。それが新鮮で、海外に興味を持つ原体験になりました」
高校・大学では語学を学び、海外留学を経験。「いつかは世界を見て回りたい」という夢を持ちながらも、商社に就職して9年の時が流れた。そんな三上さんに転機が訪れたのは2011年3月11日。
仙台空港のすぐそばにあった会社の倉庫が津波にのまれ、三上さんはすぐに東京から東北支援に入ったという。現場の惨状を目の当たりにして、言葉にならない思いが込み上げた。また、同時期に父親の癌が見つかったことで、自分の人生に真剣に向き合うようになった。
「今、動き出さなかったら『いつか』なんて永遠に来ないのかもしれない……」
そう考えた三上さんは会社員生活をリセット。自分の目で世界を見てみたいとバックパッカーの旅へ出た。
50カ国を巡って知った「ゲストハウス」の魅力
アジア、中東、欧州、アフリカ、南北アメリカなど1年半で50カ国を巡った。その中で、三上さんの旅を豊かにしてくれた存在が「ゲストハウス」だったという。
「ゲストハウスに泊まると旅人同士で仲良くなれることが多いんです。『あそこに行ってみるといいよ』とアドバイスをもらい、足を運ぶと本当に素晴らしい景色に出会えたり、同じ目的地に行く仲間ができたり、ゲストハウスに宿泊しなかったらできなかった体験ばかりです。旅を続ける中で、今度は自分がそんな『場』を提供する側になりたいと思うようになりました」
帰国後は、開業資金を貯めるために大手コンビニ会社に就職。長野県に配属されたあと、ある日突然「いわき」行きの辞令が出された。
「辞令が出たときは『いわきってどこ?』という感じで、ネットで調べて福島県にあることを知ったような状態でした(笑)」
転勤後、いわき在住の女性と結婚。開店資金の目処がついたため会社を退職し、本格的にゲストハウス開業に向けて動きはじめた。
「当初、南の島でゲストハウスを建てたいと思っていたんです。でも、結婚もしたし、いわきなら海も山もあって気候がいい。それならここでやってみようと思いました。土地へのこだわりよりも、その時のご縁を大切にしたいと思ったんです」
セルフリノベーションでゲストハウスをオープン!
ほどなくして、湯本温泉街に築60年の空き物件を見つけた。
タクシー会社だったその建物は、1階が車庫で2階は事務所、老朽化が進んでいて天井の穴からは空が見えた。けれど、「『好きなように工事していいよ』というオーナーの言葉が決め手で契約を結びました」と三上さんは笑う。
リノベーションは三上さんと義父の2人で施工し、完成まで一年半をかけて作り上げた。世界を旅して頭の中に描いた完成図は言語化が難しく、「誰かにお願いするより自分で作ってしまおう!」とDIYに挑戦したという。
「人にお願いしてイメージと違ったら後悔しそうだなと思ったんです。でも、自分でやってみたら大変すぎて、とんでもないことをはじめちゃったなと後悔したんですけどね(笑)」
DIY初心者の三上さんは、市内で空き家再生に取り組む「中ノ作プロジェクト」が企画するカフェリノベーションのワークショップに参加。そこでインパクトドライバーの使い方からDIYのノウハウまでを学び、ゲストハウス作りに活かした。そのつながりから、建設中には何度もアドバイスをもらい助けてもらったという。
床貼りや壁塗りの仕上げ作業は三上さんが自らワークショップを開催し、県内外から延べ50名以上の方に参加してもらった。多くの人たちの温かいサポートを受けながら、2021年2月「ゲストハウス & キッチンHace」のオープンが叶った。
縁をつくる、縁をつなぐ「場」を
「Hace」の店名は、故郷の福井で祖母が営んでいた旅館「はせ」にちなんで名付けた。
「子どものころ、旅館の手伝いをするとお客さんが褒めてくれるのがうれしくて。祖母の旅館はもうなくなってしまいましたが、まさか自分が宿泊業をはじめるなんて、不思議なつながりを感じます」
そしてもうひとつ。「Hace」はスペイン語で「作る」を意味するのだとか。そこには「旅人と町の人たちの縁をつくる場所でありたい」という三上さんの想いが込められている。
コロナ禍により思い描いたような交流はできない世の中だが、「Hace」では少しずつ三上さんのつなぎたい「縁」の形が広がっている。
「地元の常連さんと宿泊されたお客さんがカウンターで会話がはずんで『明日休みだから1日観光案内してあげるよ!』と本当に2人でいわき観光に繰り出したり、地元の方との交流から湯本のお店に足を運んでくれたり、そんな光景が見られることに幸せを感じますね」
今後は、湯本の町をもっと「居心地の良い場」にしていきたいと語る三上さん。
「湯本には面白い人が多いですし、そういう人を受け入れる懐があります。この町で何かはじめたいという人がいたら、サポートできる存在になりたいです。これからの時代、プレイヤーを見つけることが大変になると思うんですよね。なので、できるだけ町の中にデジタル化を取り入れて、作業的な部分は機械にまかせ、人とのコミュニケーションを大切にできる仕組みを作っていきたいと思っています。温泉街の古い街並みを大切にしながらも、最先端のデジタルを取り入れていくような挑戦をしていきたいですね」
旅人と町の人、古き良き街並みと新しさが交わる場。ここから縁がつながり、新しい何かが生まれていく。「Hace」は、そんな希望を感じさせてくれる空気に満ちていた。
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取材 2022年2月
取材・執筆 奥村サヤ
撮影 中村幸稚
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Guesthouse & Kitchen Hace
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