INTERVIEW

インタビュー

移住の決め手は『学び舎ゆめの森』。食の拠点『FUN EAT MAKERS』から描く、まちの未来(前編)

株式会社コネクトアラウンド

施設長 菅原正平さん

2025年6月、大熊町に「FUN EAT MAKERS in Okuma」がオープンしました。

「つくる・たべる・であう」をコンセプトに、農業・加工・レストランが集まる食の拠点です。この施設の運営を担う施設長の菅原正平さんは、子育てをきっかけに東京を離れ、大熊町へ移り住みました。

現在は家族との時間を大切にしながら、6次産業の拠点運営に携わり、新しい産業の現場を支えています。

菅原さんはなぜ東京を離れ、このまちを選んだのでしょう。お話を伺いました。

大熊町に生まれた「FUN EAT MAKERS」

「FUN EAT MAKERS in Okuma」は、農業・食・滞在をテーマにした複合施設です。

広大な敷地内には、役割の異なる3つの建物が並びます。

最新のスマート農業技術でレタスやミニトマトを育てる「農業生産エリア」、採れたての野菜や地元の食材を味わえる「食を楽しむエリア」、そして、様々なプロフェッショナルがつながる「ワーケーション滞在エリア」です。

これらの建物を緩やかにつなぐ「半屋外エリア」は、軒下でワークショップを楽しめる交流の場。さらにその先には、大熊町の豊かな自然をダイレクトに感じられ、バーベキューも楽しめる芝生の「屋外エリア」が広がります。

FUN EAT MAKERS in Okumaの特徴は、栽培から加工、販売までをひとつの場所で行う「6次産業」の拠点であること。

最新のスマート農業で育てたレタスやミニトマトに加え、近隣の農家から仕入れた旬の食材も活用。それらを施設内の「ノキシタキッチン」で調理し、その場で提供するだけでなく、惣菜パックとして全国へ発送する体制も整えています。

取材に訪れたこの日のランチタイム、店内はほどよくにぎわい、心地よい空気に包まれていました。訪れた人たちが思い思いに食事を楽しみ、ゆったりとした時間を過ごす。大熊町に新しい風景が、また一つ増えました。

教育環境に惹かれ、移住を決意

施設長を務める菅原さんは、秋田県出身。大学を卒業後に上京し、10年近く飲食の現場で働いてきました。

イタリアンや天ぷら店で経験を積み、やがて店長、エリアマネージャーへ。売上管理や販促、原価調整、新店舗の立ち上げまで、店舗運営全般を担ってきました。

忙しくも充実した日々。仕事にやりがいを感じながらキャリアを重ねていましたが、子育てをきっかけに地方へ目を向けることになります。

「子どもの保育園の見学に行ったのですが、園庭がなかったり、教室が思っていたより窮屈だったり。『ここに預けるのか…』と正直不安になってしまって……」

菅原さんの妻は、大熊町の隣にある富岡町の出身。菅原さん自身も地方で育ち、『自然の多い場所で子育てがしたい』という思いは、夫婦共通で持っていました。

本格的に移住を考えはじめ、長野県や栃木県など、東京近郊の地域を中心に検討を重ねます。しかし、なかなか決断には至りませんでした。そんななか、偶然知ったのが大熊町立の認定こども園と義務教育学校を一体で運営する「学び舎ゆめの森」です。

0歳から16歳までの一貫教育のもと、子ども一人ひとりの個性を尊重し、地域や社会と地続きで主体的に学べるその環境に、菅原さんは強く惹かれたといいます。この理想的な教育環境が、移住への後押しとなりました。

妻の就職が決まったことを機に、家族で大熊町へ。菅原さんは当時の勤務先と交渉し、まずはリモートワークというかたちで仕事を続けながら、大熊町での新しい生活をスタートさせました。

大熊町で働くという選択

大熊町での暮らしが始まってからも、当初は東京の仕事をリモートで続けていた菅原さん。そんな彼が現在の仕事へと踏み出すきっかけとなったのが、一つの拠点との出会いでした。

仕事場として菅原さんが利用していたのが、旧大野小学校を改修して誕生した「大熊インキュベーションセンター(OIC)」です。町の復興と新たなビジネスの創出を掲げるこの場所には、全国からスタートアップ企業や起業家が集まり、日々挑戦が繰り広げられています。

そこで多くの人と出会うなかで、菅原さんの気持ちにも変化が生まれたといいます。

「町のために働く人たちの熱い姿勢に、すごく刺激を受けました。自分も大熊に暮らしているのだから、何か貢献できることがしたいと思うようになったんです」

大熊町での就職を決意した菅原さんでしたが、仕事探しは一筋縄ではいきませんでした。町はいまも総面積の約半分が帰還困難区域のままです。限られた仕事の選択肢のなかで、子育てと両立させつつ、これまでのキャリアを活かせる「食」に関わる仕事は、なかなか見つからなかったといいます。

それでも探し続けるなかで出会ったのが、株式会社コネクトアラウンドが立ち上げる「FUN EAT MAKERS in Okuma」でした。

これまでの店舗運営やエリアマネジメントの経験をそのまま活かせる場所だと感じ、「ここなら、自分の経験が町の役に立つかもしれない」と確信したといいます。

2024年10月、菅原さんは入社を決意。東京の仕事を離れ、大熊町に根を張って働くという、新しい一歩を踏み出しました。