INTERVIEW

インタビュー

移住の決め手は『学び舎ゆめの森』。食の拠点『FUN EAT MAKERS』から描く、まちの未来(後編)

株式会社コネクトアラウンド

施設長 菅原正平さん

子育てを機に、理想の教育環境を求めて大熊町へ移住した菅原正平さん。

現在は、食の複合施設「FUN EAT MAKERS in Okuma」の施設長として、最新のスマート農業と地域の食をつなぐ現場を支えています。

東京の仕事をリモートで続けていた日々を経て、現在は大熊に根を張って働く菅原さん。移住から3年が経とうとするいま、変化した暮らしや考え方、地域の人たちと築く新しい関係性、そして大熊町から世界を見据えたこれからの展望について話を伺いました。

「食」の拠点をゼロから形に

入社後、菅原さんを待っていたのは、施設の立ち上げという大きなミッション。オープンに向け、前職で培ったマネジメントの経験を活かし、ハード・ソフトの両面で準備に奔走しました。

「設計士さんや現場の方々と、図面の微調整から動線の確保、什器の選定まで細かくやり取りしました。ベンチャーならではのスピード感で、これまで未経験だった分野にも挑戦してきました 」

そうして、2025年6月に誕生した「FUN EAT MAKERS in Okuma」は、洗練されたデザインが目を引く空間。オープンから半年が経過した現在、ランチタイムには1日平均30名ほどが訪れるといいます 。

「想像していた以上に、地元の方や近くで働く方たちが足を運んでくれています。今後はさまざまな企業や団体とコラボをして、外の芝生でバーベキューをしたり映画を上映したりといったイベントも企画していきたいです」

現在は施設長として、経営や人事、メディア対応から現場での作業まで、オールマイティにこなす日々。忙しさは変わりませんが、東京で働いていた頃のような慌ただしさや余裕のなさはなく、ゆとりがあると菅原さんは笑います。

大熊町で見つけた心地よい暮らし

移住をして約3年。菅原さんのライフスタイルはどのように変化したのでしょう。

「以前は通勤に片道1時間半ほどかかっていたので、帰宅はいつも夜遅く、家族で夕飯を囲むことはほとんどありませんでした。今は、子どもとお風呂に入り、一緒にご飯を食べられるゆとりがあります」

また、時間の使い方にも変化があったといいます。

「東京にいた頃は、休日に子どもを遊ばせるとなると、まず『どこかに連れて行かなきゃ』という考えでした。でも、どこへ行ってもお金もかかる。例えば、屋内の砂場遊びができる施設で1時間1,200円、といった感じです。どこも人で溢れていて、休みの日なのに逆に疲れてしまうことも多かったですね」

しかし、大熊町では休日の過ごし方も変わり、より豊かでシンプルになったといいます。「大熊に来てからは、特別な場所に行かなくても、お金をかけなくても、日常の中に楽しみを見出せるようになりました。近所の人たちと『流しそうめんをしよう』『花火をしよう』と声を掛け合って、誰かと過ごす時間がある。そんな毎日が、私にとっての心地よい暮らしにつながっています」

大熊町の魅力を聞くと、返ってきたのは「エネルギッシュ」という言葉でした。

「大熊町は同年代の移住者が多く、町全体に活気があります。プライベートでも一緒に過ごす人が増えて、休日は料理を持ち寄って集まることも多いですね。この前はビリヤニ会をやりましたし、みんなでキムチを漬けたりもしました。東京では隣に誰が住んでいるのかも分からない環境でしたが、ここでは顔の見える関係性のなかで、子育ても仕事も支え合えている実感があります」

福島から、世界へ届ける新しい農業の形

「FUN EAT MAKERS in Okuma」を運営するコネクトアラウンドが見据えているのは、大熊町という一拠点に留まらない、社会課題を解決するビジネスモデルの確立だと菅原さんはいいます。

「地方から若者が流出する最大の原因は、魅力的な働き口の不足です。私の実家がある秋田でも、同級生の多くは家業を継ぐか公務員になるか、選択肢が限られていました。今後は水耕栽培のユニットを活用したこの仕組みを全国へ広げ、地方でも多様な働き方が選べる環境をつくっていきたい。このビジネスモデルを、さらに多くの地域へ広げていきたいと考えています」

また、菅原さんは、再生の難しさに直面したこの土地だからこそ発信する価値があるとも語ります。

「福島、そして大熊町に対する偏見が、まだ根強く残っていると感じることもあります。だからこそ、ここで最新技術を使い、付加価値の高い食材を育てることで、そのイメージを払拭していきたい。海外からも多くの方が視察に訪れていますが、このモデルは世界的に見ても大きなポテンシャルがあると感じています」

最後にこれからの展望を伺うと「みんなが食(職)に困らないように頑張りたいです」と、菅原さんは照れくさそうに笑います。

子育てをきっかけに移り住み、地域の課題と向き合うなかで芽生えた、確かな手応え。大熊町で家族との時間を大切に育みながら、菅原さんは今日も、新しい産業の最前線を走り続けています。