INTERVIEW

インタビュー

移住して、起業も叶える。「キッチンカー移住チャレンジ 」で実現した自分らしい生き方(前編)

福島県田村市キッチンカー移住チャレンジ

一般社団法人Switch  影山奈美子 さん
outdoor kitchen TAKIBI 竹前 敬治さん

阿武隈高原のほぼ中央に位置する福島県田村市。豊かな自然に囲まれたこの地で、ユニークな移住支援プロジェクトが展開されています。移住者がキッチンカーで起業し、田村市の農産物や特産品の魅力を発信する「田村市キッチンカー移住チャレンジ」です。

今回は、このプロジェクトに応募し、移住・起業を実現した「outdoor Kitchen TAKIBI」の竹前敬治さんにお話を伺いました。人生の大きな決断ができた背景には、家族の存在があったようです。 そして、新しい生き方を実現するための一歩を支えているのが、田村市の手厚い支援体制です。

移住×起業!キッチンカーで叶える新しい暮らし

「キッチンカー移住チャレンジ」は、移住・定住促進と地域活性化を掛け合わせた新しい取り組みとして注目を集めています。プロジェクトは、原子力発電所事故後の風評被害と人口減少という田村市の課題から生まれました。

そこで着目したのがキッチンカーです。実店舗よりも維持費のかからないキッチンカーでの起業による移住を促進し、地域の食材を使って開発したメニューをより多くの人へ届けてもらおうという狙いで、田村市の移住事業のひとつとして事業化されました。

「この事業には、『地域の農産物の魅力を多くの人に知ってほしい』という願いと『田村市に来て夢を実現したいという人を応援したい』という2つの想いが込められているんです」と話すのは、事業を受託している一般社団法人Switchの影山奈美子さん。

一般社団法人Switch影山奈美子さん

「私たちSwitchが移住の窓口として、住居探しから学校・病院などの生活情報の提供、地域コミュニティとの橋渡しまで、きめ細かくサポートを担当します。 キッチンカーは田村市が無償で貸出を行い※、専門家が収支計画の立て方から商品開発まで、経営に必要なノウハウも提供します。田舎で自分らしい生き方をしたい人を応援するプロジェクトでもあるんです」と影山さん。現在は3名の方が移住と起業を叶え、それぞれ活躍しています。

※現在は募集は行っていません。

いつか、自然豊かな場所で自分の店を持ちたい

埼玉県出身の竹前敬治さんは、2022年に田村市に移住し、キッチンカー「outdoorkitchen TAKIBI」をオープンしました。

18歳から料理の世界に飛び込んだ竹前さんは、調理師として20年以上キャリアを積み上げてきました。イタリアンレストランや居酒屋などで腕を磨き、病院で介護食を作る仕事を長く続けてきたそうです。

「移住に興味を持ちはじめたのは30代後半になってからです。キャンプが趣味なこともあって、夫婦で『いずれは自然が豊かなところに移住したいね』と話していたんです」

そしてもう1つ、竹前さんにはやりたいことがありました。

結婚を機に、家族のために安定した職に就いた竹前さんでしたが、心のどこかで「いつか自分の店を持ちたい」という夢を捨てきれなかったといいます。そんなとき、移住サイトでたまたま見つけたのが「キッチンカー移住チャレンジ」の募集でした。

自然豊かな土地での暮らしと、料理人としての夢の実現。 この2つが同時に叶えられるチャンスに、竹前さんは人生の転機を感じました。しかし、それは家族の人生ごと変えてしまう大きな決断。一歩を踏み出していいものか、その勇気がどうしても持てなかったといいます。

家族の応援が力に変わった

そんな竹前さんの背中を押してくれたのは、当時小学4年生の長男でした。

「『パパの料理はおいしいんだから、チャレンジしてよ。僕がサッカーしてるとき、失敗してもいいからチャレンジしてごらんっていつも言ってくれてるじゃん』って言ってくれたんです。ハッとさせられましたし、うれしかったですね。妻も『どうせ止めてもやるんでしょ。それなら、思い切ってやってみたら』と言ってくれて、決断を後押ししてくれました」

一番の協力者である家族が応援してくれたことで、一歩を踏み出せた竹前さん。申し込みは応募締切最終日、オンライン説明会が開始直前というタイミングでの駆け込みでした。

面接から見守ってサポートしてきた影山さん。今では竹前さんの「ファン」というほど、素敵な関係性です。

「説明会開始30分前に申し込みが入っていることに気付いたんです。急いでZOOMのURLを送って『ここから参加してください!』って連絡して、なんとか間に合いました。今、竹前さんの活躍を見るたびに、あのとき気づかなければ今はないかもしれないと思うと感慨深いです。竹前さんとの不思議なご縁を感じます」と影山さん。

ウェルカムな雰囲気が移住を後押し

竹前さんは移住を検討する中で、これまで秋田県や岩手県など各地に足を運んできました。その中で、田村市を初めて訪れた時は、“ここだ!”と直感的に感じたそうです。

「ほかの地域にもたくさん魅力はありましたが、特に田村市は『来てくれてありがとう』という温かい気持ちを強く感じました。また、自分のやりたいことと地域のニーズが合致して、自分の経験や能力が活きられる場所だと感じたんです」

とはいえ、移住の決断は簡単ではありません。実行に移すまでは、どのようなステップを踏んできたのでしょう。

「もう、勢いのみです!(笑)移住という決断までには7〜8年ぐらい長い時間をかけて、考えてきました。でも、決めたらあとはがむしゃらに進むだけ!バンジージャンプのような勢いで、やるかやらないかです。そこに、Switchさんの手厚いサポートがあったおかげで、スムーズに進めることができました」

お店を持つハードルが低かったこと、移住支援が手厚かったことで思い切ったチャレンジに踏み出すことができたという竹前さん。新天地での生活がスタートしました。

仕事もライフスタイルも自分らしく

2023年田村市へ家族4人で移住し、キッチンカー「outdoor Kitchen TAKIBI」をオープンしました。

メニューは、田村市産の新鮮な野菜とカレーを掛け合わせた 「ベジポタカレー」。季節の野菜をポタージュ状にして17種類のスパイスと合わせたオリジナルカレーです。「食べることは生きること」という竹前さんの信念のもと、長年の介護食作りの経験を踏まえ、小さな子どもからお年寄りまで誰もが食べられて栄養たっぷりのカレーを開発しました。

香り高いスパイスと野菜の甘みが溶け込んだ一皿は、瞬く間に評判を呼び、今では多くのファンを持つ人気店となっています。

ベジポタバターチキンカリー(ローストポークトッピング) 1200円 ※イベント、その他の事由により価格は変動することがあります。

ライフスタイルも大きく変化しました。移住当初は「もうサッカーはやらなくていいかな……」と言っていた息子さんですが、サッカー少年団に入り、今ではチームのキャプテンを任されているのだとか。「中学生になってもプレーを続けたいと言っているんですよ」とうれしそうに話す竹前さん。お店の手が回らないときは奥様が接客を担当することもあり、日々のサポートに協力的です。開業3年目にして収入はサラリーマン時代を越え、家族との時間も増えました。

「開業1年目はどうしても肩の力が入っていたので、これからは少し力を抜いて暮らしも料理も楽しんでいきたいです。僕がこれから料理で表現したいことは、『生きることは楽しい』ということ。田村は空気も水もおいしいから、野菜の味がよそのものとは全然違うんです。この贅沢な素材を活かし、この一食が笑顔溢れる時間でありますようにと願いを込めながら、毎日料理と向き合っています」

移住と開業で、自分らしい生き方を見つけたと話す竹前さん。その笑顔からは、充実した日々を過ごしていることが伝わってきました。

  • 取材日:2024年12月
    取材、執筆:奥村サヤ
    写真、コーディネート:中村幸稚