INTERVIEW
インタビュー

世界で通用するワインを。ワイン醸造家・細川順一郎さ んが「とみおかワイナリー」に感じた情熱と可能性(後 編)
とみおかワイナリー
細川順一郎さん
「とみおかワイナリー」代表の遠藤秀文さんの熱意に打たれ、新天地、富岡町でのワイナリ
ーづくりに挑戦することとなった、醸造家の細川順一郎さん。前編では、細川さんが「とみ
おかワイナリー」へ参加することになった経緯とワイナリーオープンまでに至る軌跡をご紹
介しました。
後編では、細川さんが富岡でのワイン造りに感じている可能性と、彼の目指す未来について
伺います。
海とともにつくるワイン
細川さんが富岡でのワインづくりで感じているのは、「海との関係」が生み出す個性です。
「富岡のブドウは、常に太平洋の海風を浴びて育ちます。確かに、塩害などのネガティブな
影響もあるのですが、私たちはこの環境を逆手にとっていきたいと考えています。実際にで
きたワインを飲んでみると、微かな塩気や潮のニュアンスが感じられるんですよ。これは内
陸の産地では出せない個性です。これが富岡の最大のアイデンティティだと思っています」
また、ワインと地元の食材とのかけ合わせについても、こう語ります。
「ワイン単体でおいしい、というのも勿論なのですが、やっぱりとみおかワイナリーでは、
地元食材との掛け合わせ、つまり『マリアージュ』でなおおいしいという、ワインを目指し
ていきたいですね。例えばこの辺りで獲れる魚介類は、その質の高さから『常磐もの』とし
て昔から親しまれています。富岡に足を運んでもらう、ということを大切にしている私たち
としては、新鮮な地のものと一緒に楽しんでもらえるようなワインをつくりたいですね」
その地元食材とのマリアージュを体験できるのが、ワイナリーの2階に併設されているレス
トラン「ラレス」です。ここは、広大な圃場と太平洋が一望でき、さらに常磐線を走る「特
急ひたち」が、ちょうど目の高さで通り過ぎていくという、浜通りの魅力が一挙に堪能でき
る場所です。
「オンラインでの販売を主軸にしていないのは、この土地の空気と一緒に味わってほしいか
らなんです。列車の窓から手を振ってくれる乗客の方々の姿や穏やかな気候、そして復興へ
の歩み。それらを五感で感じながら、ワインの味を堪能してもらえたら嬉しいですね」
まだまだ一合目。“愛され続ける”ワインへ道のり
長年ワインづくりに携わってきた細川さんですが、実はその根気と情熱の裏には、過去の意
外な経歴が影響していると言います。
「実は大学を卒業してからしばらく、半導体のエンジニアとして働いていたんですよ。高級
オーディオアンプや携帯電話用の半導体回路の設計を行っていました。そこで学んだのは、
本当に良くできたものであれば、アップデートを重ねながらも残り続けるということでした
。ワインも似ていると思うんですね。数々の新しいワインができたからと言って、古いもの
が忘れられるわけではない。良いものはずっと愛され続けるんですよ」
はじめてブドウの木を栽培してから10年、委託醸造をはじめてから7年と、復興の道のりと
共に歩んできた富岡町でのワインづくり。「ずっと愛されるワイン」をつくるための歩みは
確実に進んでいるように見えますが、細川さんは現状を冷静に捉えます。
「山で言うとようやく一合目を登りはじめたくらいでしょうか。まだまだです。いいワイン
をつくる、そしてそれを『文化』にしていくというのは、一年や二年でできるような話では
ありません。私は富岡のワインを『世界で通用する』ものにしたいと思っています。だから
、とみおかワイナリーの取り組みは、私たちの代では終わりません。次の世代、そしてまた
次の世代と、100年後の未来にバトンをつなぐ気持ちで取り組んでいます」
「ワインの世界では、数世紀の歴史を持つフランスやイタリアを『オールドワールド(旧世
界)』、100年ほどの歴史を刻んできたアメリカやオーストラリアなどを『ニューワールド
(新世界)』と呼びます。ニューワールドと呼ばれる国々でさえ、100年以上の歴史を積み
重ねて今があります。それに比べれば、震災後にゼロから始まった私たちは、まだその入り
口に立ったばかりです。まずは100年続くワイン文化を、ここ富岡、そして福島にしっかり
と根付かせたいですね」
とみおかワイナリーから広がる、福島の食の未来
自身の仕事は「土台作り」だという細川さん。その言葉の裏には、どのような想いがあるの
でしょうか。
「ワイナリーができただけで、この土地が大きく変わるということはないかもしれません。
でも、ここで働く若いスタッフたちが仕事に誇りを持ち、その姿を見た子どもたちが『将来
、ここでワインを造りたい』と夢見てくれる。そして100年後、富岡の町にワインがあるの
が当たり前になり、食卓に地元のワインが並ぶ日常が築かれていけたら、これほどうれしい
ことはないですね。一合目とはいえ、今、モチベーションの高いスタッフがチーム富岡に集
ってくれた事には喜びと希望を感じています。」
現在、とみおかワイナリーではJR東日本との協働による「ワイン列車」の運行など、他地
域や他業種を巻き込んだ新しい試みも進んでいます。一軒の醸造所という枠を超え、福島全
体をひとつの大きな産地として盛り上げようとする姿勢は、富岡町をはじめ、復興の道のり
を歩む被災地の希望でもあります。
「客土から始まった私たちのワインづくりは、世界中を探しても他に類を見ない、極めてク
リエイティブな挑戦です。まだまだ課題や越えなければならない壁はありますが、この場所
に興味を持ってくださる方がいれば、ぜひ一度訪れてほしいですね。ここでの経験は、きっ
とどこに行っても役立てることができると思います」
一本のワインが誰かの手に渡り、いつしかこの町の新しい誇りになっていく。細川さんは、
そんな未来を見据えて、富岡の土の上で一歩ずつ歩みを進めています。
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取材日:2025年11月
取材、執筆:奥村サヤ 佐藤美郷
写真、コーディネート:中村幸稚

