INTERVIEW

インタビュー

エビの養殖×水道インフラ管理で地域を支える「HANERU葛尾」の挑戦(前篇)

株式会社HANERU葛尾

代表取締役社長 松延紀至

福島県浜通りに位置する葛尾村は、山々に囲まれた人口1300人ほどの小さな村です。2022年1月、この村に国内最大級となるエビの陸上養殖を目指す「株式会社HANERU葛尾」ができました。村の豊かな地下水を汲み上げて人工海水をつくり、バナメイエビの養殖をしています。

神奈川県出身、代表の松延紀至さんは「エビの養殖と水道の維持管理を組み合わせ、村の活性化につなげていきたい」と話します。葛尾村でどんな挑戦をしているのでしょうか。

構想を実現するためにたどり着いた葛尾村

「日本の水道インフラは、技術継承に大きな課題を抱えています」

こう話す松延さんは、長年、水道事業を手がけるコンサルタント会社に務めてきた水道管理のスペシャリスト。その知識と経験を生かし、地域の上下水道の維持管理と陸上養殖を組み合わせたビジネスモデルを10年以上前から構想していました。

「陸上養殖の水処理は、上下水道の水処理と似ているんです。だから陸上養殖の技術者を育てられれば、水道インフラの維持管理ができる技術者が自然と育つのではと思ったんです」

そこで松延さんは、全国を回って構想を実現できる適地を探しました。その一環で、福島県の企業立地課を訪問すると、「これからちょうど葛尾村に行くので、一緒に来ませんか?」と職員に声をかけられたそうです。

「まず、カツラオ村ってどこー?って感じですよね(笑)でも、せっかくの機会なので同行させてもらったんです。着いてみたら、山の中だし産業団地もまだ更地で、何もないというのが正直な感想でした。村長や村の担当の方に話を聞くと、原発事故で住民がいったんゼロになった村を復興させ、活気づけたいという強い気持ちが伝わってきたんです」

小さな自治体ほど、水道インフラの技術継承の課題もより深刻なのではないか。復興が道半ばのこの地域でこそ、役に立てることがあるのではないか。そう考えた松延さんは、葛尾村での挑戦を決意します。

エビ全滅を乗り越え、養殖システムの確立へ

2022年1月、国や県の補助金を活用し「HANERU葛尾」を設立。国内で流通する約9割が冷凍輸入品という「バナメイエビ」の生食出荷を目指し、陸上養殖をスタートさせました。しかし軌道に乗るまでは、決して平坦な道のりではなかったといいます。

「まずは地下水で人工海水を作るのですが、成分の配合に苦戦しました。最初の実証実験では、稚エビを入れて2時間後には一匹も泳いでいなくて……。2回目もはじめは順調だったものの、2ヶ月後には全滅してしまいました」

試行錯誤の末、成功したのは設立から約1年後のことです。さらに、寒冷地という厳しい環境条件のもと、燃料費高騰も重なり、飼育水槽を適温に保つための灯油代と電気代も重くのしかかりました。

「でも、ここで諦めたくはなかったんです」と松延さんは話します。

「葛尾村で循環の養殖システムを確立できれば、日本中のどこでもできるし、極端なことを言えば、砂漠のど真ん中でも養殖ができるようになるかもしれません。村を起点に、全国へこの技術を広げていくことも夢ではありません」

現在は、2025年春の出荷を目指して実証実験を重ねています。

HANERU葛尾のこだわりは、化学薬品は一切使わず、微生物の力で徹底的に水質を管理した綺麗な水で養殖をすること。さらに、地下から汲み上げた水は循環システムを使い、一切排水を出さないことです。施設を見学させてもらうと、流れるプールのような水流の中をエビたちが自由に泳ぎ回っていました。

地域の水道施設を守る存在に

さらに松延さんは「村の活性化や水道インフラ管理にも力を入れていきたい」といいます。

たとえば、ポンプを整備したり配管したり、水質を測るという養殖場での作業は、水道や下水道のインフラ管理と全く同じなのだそうです。スタッフが日常的にやっている作業は、漏水など、いざというときのトラブルに対応することができるのです。

「水って人間にとって一番大切なインフラですよね。この地域で断水をしたり、ポンプが壊れたりした場合、業者を呼ぶにも1時間以上かかってしまいます。もし道が寸断されるようなことがあれば、業者を呼ぶことすらできません。けれど、私たちがいることですぐに復旧作業に対応できます。養殖で培った技術を地域の水道管理にも活かすことが、まさに私のやりたかったことなんです」

*写真提供:株式会社 HANERU葛尾

そう言って快活に笑う松延さんは、日常生活もパワフルです。もともと横浜で20年近く、少年野球のコーチをしていて、現在も週末になると横浜に戻り指導を続けています。さらに、2023年から葛尾村で「HANERUカップ少年野球大会」を主催するなど、野球を通じた子どもたちの育成や地域間交流にも力を入れています。

エビのアミューズメントパーク

「自分自身が少年野球の指導者をしていることもあって、子どもたちにより安全で安心な食材を届けたいという気持ちが強くあるんです。だからうちのエビは、背わたを取らずに生食でも安心して召し上がっていただくことにこだわっています。」

HANERU葛尾で育ったバナメイエビは、透明に透き通っていて臭みがありません。旨味が強く、新鮮でプリプリ、生食はもちろん、焼けば香ばしい殼も一緒に味わえます。

取材のこの日は、葛尾小学校の子どもたちが養殖場の見学に来ていました。エビの成長の過程を観察するために、定期的に見学会が行われているのだそうです。

「子供たちに食の大切さを伝え、村の名産にエビがあるということを誇りに思ってもらえたら嬉しいです。それがもしかしたら村への愛着にもつながってくれるかもしれません」と松延さんは笑顔で話します。

最後に、松延さんにこの地域での夢を伺うと「エビのアミューズメントパークを作ること」という答えが返ってきました。 「エビのビスクやガーリックシュリンプ、唐揚げ……、葛尾村でエビのフルコースが味わえると知ったら、ここへ足を運びたくなる人も増えると思うんです。ついでに、お風呂に入って帰ろうとか、お土産買って帰ろうってなって、地域全体が盛り上がっていけたら最高ですよね」

2025年春にはバナメイエビの販売がスタートします。近い将来、葛尾村特産のエビ料理 が味わえるのが楽しみです。水道技術とエビの養殖を融合させた挑戦は、これからも続き ます。

(後篇へ続く)