INTERVIEW

インタビュー

「浪江がただ好きだから」。居酒屋『こんどこそ』大清水一輝さんが、それでも店を開き続ける理由(前編)

居酒屋 こんどこそ

店主 大清水一輝さん

2018年、避難指示解除から間もない福島県浪江町。 静まり返った駅前に、一軒の居酒屋が灯をともしました。1987年創業の「こんどこそ」です。

店主の大清水一輝さんは、避難先の二本松市で繁盛店を築き、安定した日常を取り戻しました。しかし、周囲の猛反対を押し切ってまで選んだのは、解除から日が浅く、まだ人影もまばらな浪江町への帰還でした。

「経営者としては正解じゃないですよね。でも、ただ浪江が好きで、戻りたかったんです」

震災を経ても、浪江で暖簾を掲げ続ける大清水さんに、これまでの歩みと町へ対する思いを伺いました。

震災、そして二本松からの再出発

浪江生まれ、浪江育ち。

両親が居酒屋「こんどこそ」を始めた1987年に、清水さんもこの世に生を受けました。

安くてうまいと評判の店を切り盛りするのは、職人気質の父と、明るい笑顔で客を迎える母。。夕食はいつも店のカウンターで、常連客たちの笑い声に包まれて育ちました。物心ついたときには「将来は自分も板前になる」と、当たり前のように心に決めていたといいます。

しかし、穏やかな日常は2011年3月11日に一変します。

当時24歳だった大清水さんは、地元の消防団員に入っていました。激しい揺れの直後から、すぐに消防団の可搬車に乗り込み、任務に当たります。安否確認や避難の誘導を無我夢中で続け、気づけば一睡もしないまま3日が過ぎていました。

ようやく浪江から二本松市の東和地区へ町民とともに避難し、そこから大清水さんは姉のいるいわき市へ移動しました。

「あったけえおにぎりと味噌汁が出てきたんですよね。一口食べて味噌汁を飲んだ後の記憶がないんです。食べている途中に寝ちゃったみたいで。ようやくホッとした瞬間でした」

原発事故の影響で、故郷は「戻れない場所」に。大清水さんは、両親と共に二本松市へ避難し、再出発することになります。しかし、そこでのスタートは、慣れ親しんだ浪江とは勝手の違う手探りの日々でした。

よそ者から、地元の人に受け入れられるまで

震災から半年後の2011年10月。避難先の二本松駅前で、ご両親は店を再開することを決意します。しかし、同じ福島県内とはいえ、縁もゆかりもない土地。よそ者としての空気を感じずにはいられませんでした。

「最初の1〜2年は、地元の方に敬遠されている空気を感じましたね。開店当初は、浪江から避難してきた町民の方だけが足を運んでくれるという状態でした」

 同じ県内でも、海側の「浜通り」と山側の「中通り」では、食文化も人の気質も大きく異なります。大清水さんは、二本松の人たちの口に合うメニューを提供するため試行錯誤を繰り返したといいます。

「浜の人は、居酒屋に来たらまずは刺身の盛り合わせを頼むのが定番です。でも二本松では、刺身よりも焼き魚が圧倒的に出ました。そこで焼き魚の種類を増やしたり、出し方を工夫したりと、地元の好みに合わせて変えていきました。ただ、自分たちが知っている『本当にうまい刺身』も伝えたかったので、浪江にいた頃よりもさらに質の高いものを仕入れて提供することだけは、意地でも続けていました」

地道に店をやり続けていた3年目。うれしい変化が現れてきました。

「最初は『駅前だから、電車の時間までの暇つぶしに飲む』という感じだったお客さんが、だんだん電車の時間を気にしなくなったんです。『いつもならあの時間の電車で帰るはずなのに、今日はまだいてくれるんだな』。そう気づいたとき、この方はうちの店を目的地にして来てくれているんだな、と確信できました」

お土産を持ってきてくれたり、二本松について教えてくれたり。一度心が通じ合うと、中通りの人たちの温かさを肌で感じられるようになり、年月とともに店は愛される場所になっていきました。しかし、大清水さんの心には常に「浪江に帰りたい」という消えない想いがありました。

ただ浪江が好きだから、帰りたい

2017年3月。浪江町の一部で避難指示が解除され、大清水さんはすぐに帰還を決意します。

「周りの8割には反対されましたね。両親からも『まだ早い』『商売にならない』って。経営者として考えたら、人がまだいない浪江で店をやるよりも、ようやく安定してきた二本松で頑張る方が賢明です。それは自分でも分かっていました」

それでも戻った理由を聞くと、「ただ浪江が好きなんです」と大清水さんは笑います。

「子どもの頃は、正直『うるせえ大人しかいねえな』って思っていたんですけどね(笑)。道を歩いていたら、いきなり知らない大人に頭をパコーン!って叩かれるんですよ。痛えなと思って顔を上げると、『右側を歩け!』って怒られる。夕方6時を過ぎて歩いていれば『早く帰れ!』って叱ってくるし、雨の日に歩いていたら車に乗せて送ってくれる。

当時はうるせえなと思っていましたけど、大人になって振り返ってみると、そうやって町の大人たちに育てられていたんだなって気づいたんです。いろんな大人が子どもを見守っていた、田舎ならではのあったかい町だったんですよね」

二本松の店は両親に託し、大清水さんは単身で浪江へ。店を再開させることを決意します。